第427話 羽化階層#4

「この人たちを解放して。」


アマリリスは精一杯の威勢を作った声で、促成装置の側で忙しそうに立ち働いている相手 ――ベラキュリアの主任錬成技官に訴えた。

振り向いて腰を伸ばしたその上背はアマリリスを上回り、単眼鏡モノクルをかけたように、左目が異様に大きく飛び出し、前頭部がまるでコブダイの額のように前に突き出ている。

異様な相貌の迫力に、アマリリスは早くもあとずさった。


主任錬成技官は、「赤の姫君」について事前に情報を共有されていたが、なぜ彼女が自分にその要求を伝えてくるのかは理解しなかった。

不測分子の意図不明行動、という軽度の警告を添えて、網樹を通じて衛兵を呼び出してやった。


「出してあげて。」


騒ぎを聞きつけてやってきた、見慣れた背格好のベラキュリア兵を見て、アマリリスは体制を立て直し、改めて取り繕った威厳とともに要求を伝えた。


「無資格逗留者の貴下からのかような要望、遺憾にも応ずるに能わず。」


「何さ、だったらアマロックに言わせたら聞くわけ!?💢」


アマリリスとしては挑発のつもりだったが、ヴァルキュリアからの返答は相変わらずにべもなかった。


「無資格逗留者の貴下に回答する義理はなし。

当方錬成技官の障りとなるため、早急に当階層から退去願いたい。」


カッとなって掴みかかりそうになったところを止められた。

刺青の女が、アマリリスの肩に手を置き、静かに首を横に振った。

そこにいつもの鉄面皮はなく、アマリリスの身を案じ、まるで敬意すら感じられる視線で。


マフタルが、あらー、あらまーー、どーしちゃったかな?? ちょっと落ち着こぅ?はい、どうどう、、とか言ってるけどそっちは耳に入らない。


実際、ベラキュリアの氷のような拒絶を前に、アマリリスは内心おじけづいていた。

ここまでやったし、いっか。。。

あたしには関係ない人たちだし、この女がもういいと言っているのだから、いいか。。?


・・・それが誰であれ、こんな理不尽な苦しみを味わう人たちを、見て見ぬ振りしていいのかっ!!!




赤の姫君の娘と白拍子シパシクルたちの押し問答に、トヌペカの母はあっけにとられ、

諍いの内容がどうやら、彼女の群族に関することらしいと分かって、少なからず動揺した。

え、なんであんたが??


またろくでもない思いつきで珍事を起こそうというのなら、せめてウチの群族を巻き込むのはやめてほしいんだけど。。。


しかし女はやがて、娘の様子、

明らかに分が悪いのに気づきつつ、決して退くまいとする怯懦きょうだと一体の蛮勇、愚かな者だけが持ちうる真摯さに気づいて、その体を電気が走り抜けたようにびくりと震わせた。

そうではない、この娘は何か考えがあるのではなく、ただそうせずにはいられないから、自分に降りかかる危害も顧みず、見も知らぬ他人を救済しようとしているのだ。


それと同時にトヌペカのユクは自分が、言葉も通じない異国人フレシサムの娘にそういった精神の発露を見出していること、

崇高とも生温いとも言いうる人間らしい心情を理解し、共感する部分が、異界の風雪と星霜に耐えた自分に残っていたことに衝撃を受けた。


久しく忘れていた、胸を締めつけられるような、吐息が震え、涙となってこみ上げてくるような感覚をかろうじて抑え、トヌペカの母は騒ぎを治めに入った。

犬をけしかけられた山猫のように猛り怒っている娘を制止しようとし、娘もそれに従うか躊躇するような素振りを見せる。

一方、そういう空気を読むということを知らない白拍子シパシクルは、結果的に余計なことを言った。


「異能王の寵を待つべからざれば、貴下が有す赤の女王によりて本懐を遂げられるがよかろう。」


意味が通じたかはともかく、挑発のニュアンスはしっかり伝わったらしい。

一度沈静化しかけた娘の怒りがめらめらと燃え上がる。

思い知らず、娘を庇おうとさえしていたトヌペカの母は、その瞳に黄金色に輝く炎を見たと思った。


次の瞬間、無力で小さな娘に成り代わって、天地の意志が声を荒げたかのように、

大音響とともに強化促成装置の上半を覆うハッチが吹き飛び、接続されたチューブを引きちぎりながら飛んでいった。

中から現れた三面六臂の巨体は、羊水の滝をその身に走らせながら、産声を ―― その室に在る一切を叩きのめし、物言わぬ岩壁すら震え上がらせるような咆哮を発した。

人も獣もヴァルキュリアも衝撃に打ちのめされ、立っていることもままならない震撼の中を、狂乱の巨兵は駆け抜け、土牢へと突進していく。


あっ、だめ、その人達を襲っちゃダメ!


その場で一番焦っていたのがアマリリスだった。

しかしそれは無用な心配というものだった。

解き放たれた狂戦士バーサーカーは恐るべき怪力をふるい、堅牢な網樹の檻を、枯れ木の枝を薙ぐように叩き壊していったが、それは十分な配慮がされた作業で、檻の破片の一つも、中にいる人たちに当たるようなことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る