第424話 羽化階層#1
ジリジリと耳障りな音が響き、再び運搬履帯が台座のパネル一枚分動いた。
巨大な花の蕾を思わせる黄褐色の塊に裂け目が入り、白くつややかな中身が顔を覗かせる。
いったん生じた裂け目は、繭であり、卵殻でもある被膜の張力によって広がってゆき、
内部に胎児の姿勢で収まっていた成体のヴァルキュリアが目覚めた。
羽化したばかりのセミのような、透けるような白の装い。
しかし、その身に纏う装甲がそれ以上色づくこともなければ、硬化するのを待つ必要もない。
その生涯の最初の朝を、完全武装の姿で迎えた
こちらには目もくれず、すたすたと立ち去っていく兵士を、アマリリスは息をするのも忘れたように見入っていた。
傘茸の箱庭から連れてきた鼻長駒(トヌペカの
「服なんだと思ってた。。。」
そこかよ、と自分でもツッコみながら、アマリリスはその空間を支配する異様な空気を、言葉に表さずにはいられなかった。
空っぽになった被膜は履帯の終点で、裏返しになって戻っていくパネルが傾くにつれてパネルから剥がれ、真下に掘られた穴、骸棄階層につながるダストシュートへと吸い込まれてゆく。
その後ろには履帯のパネル1枚おきに、まったく同じ形の卵が、アマリリスの目が届く限りまで並んでいた。
「・・・まだ見るの?」
マフタルが欠伸を噛み殺した調子で、それとなく触れてきた。
何度見ていても同じことが延々繰り返される
「孵化、とは的確とは申しかねる。
此方は羽化階層なり。」
側にいた兵士が、そこかよ、というツッコミを入れてくる。
アマリリスはまじまじとその兵士の顔を眺め、
「羽根ないじゃん。」
「・・・道理なり。
けだし、播種個体に用いる表現の名残であろうか。」
ヴァルキュリアにしては珍しく、感じ入った様子で彼女は答えた。
「最初から、こうして生まれてくるってこと?
兵士になるために、ですらなく、生まれついたその時から選択の余地もなく。
「然り。
正確には素体増産者より出ずるは幼生体なれど、産道内より人造蛹化促成装置に直結している故、
覚醒せしは成体として羽化するその時なり。」
誰かに抱き上げてもらった記憶も、幸福な子ども時代も知らず。。
「あれ?
でもいたじゃん赤ちゃん。
昨日、お風呂場でほら」
「彼/彼女らは播種者として錬成される個体であるからして、
かつ、播種個体を育成する蛹化促成機能は存在せぬ故。
第四期まで養育の上、其方の履帯系にて自発蛹化に入る。」
通常兵の蛹を運んできて、空になった繭を廃棄孔に捨てていく運搬履帯と平行に、もう一本の運搬履帯のラインが走っており、
羽化階層の壁を抜けて、載せている繭をどこかに運び去っていた。
兵卒のレーンに比べて、繭と繭との間隔が大きく開き、履帯の動きもずっと遅い。
載っている繭の色合いは同じような黄褐色だが、無機質な、ほぼ対称の紡錘型は、生命の揺籃と言うよりは、死者を収める
あの可愛らしい赤ちゃんたちが、いまどんな状態でこの中に入っているんだろう、
どんな姿になって出てくるのだろう? と考えてみても、思い浮かぶのは不吉な想像ばかりで、
アマリリスはそれを打ち消してくれるものを探そうとするかのように、履帯の消えてゆくトンネルに入っていこうとした。
目の前に、
「これより先は第三警戒水準ゆえ、立入りはご遠慮いただく。」
何の表情も映さない、冷たいアクアマリンの瞳を、
アマリリスは痛ましい、一方でどこかホッとした気持ちで見つめた。
人間が何も感じず、他者の心を思いやることも、世界の有りように驚きの目を向けることもなく、
ただ集団の強みを得るために社会的な生活を送る生き物だったなら、きっとそれはヴァルキュリアの社会のようなものだったろう。
鼻長駒の仔が再び、退屈に焦れたような様子でアマリリスの手のひらをつついた。
「・・・いこっか。」
人の姿のヴァルキュリアよりも、よほど身近に感じるようになった獣の頭を撫で、
アマリリスとその一行は羽化階層を後にした。
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