第420話 異能王の戦場#1
ヴァルキュリアの常として、弱い視力を保護するために下ろしていた
黒いティアラ型の兜に
樹木といえばホッキョクヤナギが
古い爆裂火口に雪解け水が貯まった沼のほとりには、地下の熱と圧力が山肌を引き裂いた裂け目があり、今なお白い噴煙を上げている。
砦の前面、なだらかな尾根が尽きる先には、濃いみどりに覆われた下界の盆地が遠望となって広がり、
雲間から差し込む陽光に、点々と散らばる湖沼や、山々からの水を集めて流れる川がきらきらと輝いていた。
彼女が防衛する堡塁はそれらを見下ろす位置にあって、背後の、大火口の縁を通って旅団本拠地へと連なる尾根への関所の役割を担っていた。
ここ2日間の白の旅団の動静と戦況からいって、本日はここが火線になることは疑いなく、彼女たちは可能な限りの重厚な防衛と、反撃の手段を用意して臨んでいた。
3日前、そして一昨日の半ばまで、白の旅団は不可思議な消極、巨躯兵を戦場から一斉に引き上げ、兵卒のみで拠点防衛に徹するという、およそ目に見えた自滅の戦いに終始していた。
いくら攻めづらく守りやすく築かれた堡塁であっても、そのような布陣で巨躯兵の戦力を押し止められるわけもなく、彼女たち黒の旅団はまさしく破竹の勢いで、敵拠点を次々に陥落させていった。
一昨日午前の時点で2日間の陥落拠点数は実に12を数え、黒の旅団はその領土を2割も増やし、もともと噴火による被害で領土のおよそ半分を失っていた白の旅団は、それ以上の痛手を被ったはずだった。
勢いを駆って、本日中に敵陣の中央城砦まで侵攻しようかという黒の旅団の前に、「それ」はふらりと現れた。
大地が、地中に蓄えた熱による隆起と、雨水の浸食とに絶え間なく擾乱し続けられる、難路の峠を越えようとしていた時のことだった。
まるでそこの地形からじかに産み落とされたかのように、その白の旅団の巨躯兵は、装甲もひどく傷んでおり、蘇った死者が歩いているような、全体に奇妙に均整の崩れた雰囲気があった。
しかもたった1体で、操作する長手や護衛兵の姿は近くにない。
稀にあることだが、戦場の混乱などで制御を失い、錯乱して徘徊している巨躯兵個体かとも思われた。
対する黒の旅団の一隊は、15体の巨躯兵を引き連れていた。
うち3体が対処することにし、担当する長手は慎重に巨躯兵を前に進ませた。
まずは小手調べに、投石での攻撃を試みた。
漆黒の3体が手近な岩を拾い上げても、二対の腕をだらりと垂らしたままだった蝋石の
投石がうなりを上げて放たれた瞬間、思いがけない敏捷さで右方向に跳躍した。
そして着地した大岩の上でその腕を、天の四隅を支えて持ち上げようとするかのように高く差し上げた。
奇妙に長く思い出される数瞬の後、3体の巨躯兵は一斉に、くるりとこちらに向き直った。
その目には、長年の経験を培い、数々の巨躯兵の故障や暴走にも遭遇してきた最先任の長手も見たことのない、
同時にそれが、彼女の目にした最後の光となった。
3体は味方を攻撃しはじめた、大鎌を振るって作物を収穫する農夫のような無造作な動作で、自軍の兵士を跳ね飛ばし、叩き潰していった。
驚いた後続の長手たちが、合計6体の大型兵を操作し、暴走した3体を取り押さえにかかった。
懸命に事態の収拾をはかる長手たちをその背後から、2体の巨躯兵が襲った。
明らかな優先目標として、その隊にいた長手全員を殺害し、その後、長手の制御を失って木偶人形同然となった巨躯兵を、廃屋でも解体するかのように破壊し尽くすと、
白の
その日のうちに、黒の旅団が占領していた敵堡塁のうち5拠点までが奪還され、駐屯していた巨躯兵戦隊は壊滅的な損耗を受けた。
翌日は、前日半ばまでの白の旅団の苦渋を、黒の旅団が味わうことになった。
当然ながら巨躯兵の運用は中止され、兵卒による防衛に徹することになり、そうなることを見越して「自前」の巨躯兵戦隊を引き連れてきた白の
自身でも巨躯兵戦隊の運用を再開した白の旅団の猛攻により、残る7拠点も次々と陥落していった。
そして、遂に守勢に立つ本日を迎える。
前哨からの伝達によれば、堡塁の前に広がる台地の端から下界へと落ちてゆく山の斜面、ここからは見えないが、そう遠くない場所に、多数の巨躯兵を含む敵戦隊が集結しつつあるとのことだった。
周囲を崖に囲まれ、ひときわ高く厚い防壁に護られたこの堡塁も、巨躯兵戦隊を運用できない今、彼我の戦力差を埋める鉄壁となるかといえば、全くもって心もとない。
しかし彼女たち黒の旅団は、一昨日の時点では知り得なかった情報を入手してもいた。
現在の彼女たちの苦境は、一昨日までの白の旅団のそれ、だとすれば仇敵もまた、自軍を不本意に翻弄される脅威を味わったのだ。
つまり、白の巨魁ははじめから白の旅団の内にあったものではなく、すくなくとも当初は何らかの軋轢があったことになる。
であれば、白の巨魁の正体――おそらくは異族の傭兵を、再び翻意させ味方に引き入れることも、条件次第で可能なはずだった。
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