第419話 赤の姫君冒険譚

赤の女王の能力について娘が知ると、何か不都合な事情がある、ということは察しても、

その事情が何であるか見当がつくわけではない。


異界に生活する群族の長として、正体も知れない魔族と渡り合って眷属けんぞくを庇護し、あるいはそれに失敗してきた女は、

その苦い経験から、実りある道に至るには、目的を急ぐよりもまずは相手を知ることだと学んだ。


この娘自身は人間だが、その身に帯びる(と、あの異能者は言っている)のは魔性の力。

案内役を買っては出たものの、ここは娘自身に振る舞いを決めさせ、その行動にヒントを求めるのがよさそうだ。

幸い、トヌペカのユクの協力を取り付けて気を良くした娘は、徒党パーティを得た冒険者よろしく、こちらから仕向けずとも勝手気ままに動き回ってくれる。



一行は城砦内に何十とある緑の箱庭、ベラキュリアの圃場兼牧場に差し掛かった。


アマリリスたちがあてがわれているむろとは雰囲気が異なり、地面からまっすぐ上に伸びる茎の先端に、細長い葉が放射状についた、全体に開いた傘のような印象の草が目立った。

大きさはまちまちで、小さいものはアマリリスの脛ぐらいの高さから、大きいものは身長に並ぶ高さ、稀に、4~5メートルまで成長して天井につっかえそうになっているのもある。

そういう大木を下から見上げると、緑の傘の内側には、小さなツブツブのついた黄色い房を茂らせている。

おそらくあそこから、種子か胞子を撒き散らしているのだろう。


人間世界の農場でも、目を見張るほど大きく育った作物は大抵、食用には向かない。

というか何もそんなものを食べなくても、ということなのだろう、園内に多数放し飼いにされている鼻長の駒も、概ねアマリリスの腰より低い丈の葉をむしって食べている。

平穏の箱庭と呼びたくなる眺めだが、ぽつぽつと姿の見えるベラキュリアは、この場所でも完全武装のまま、鼻長駒の世話や作物の手入れといった作業にあたっていた。


「あ、かっわいっ!

見て見てーー、赤ちゃん♥」


アマリリスはいきなり針路を外れて、鼻長駒の母仔のほうに寄っていった。


母親がさっと顔を上げ、関節を持たない腕のように、自在に動く鼻をしならせ、こちらの匂いを嗅ぎはじめた。

仔どもの方はさっと母親の向こうに逃げ込み、腹の下から顔を覗かせてこっちを見ている。

アマリリスが立ち止まると、母親はそれで気がすんだように、再び草を食べはじめた。


しばらく様子を見て、大丈夫だろうと判断したアマリリスは改めて近づいていった。

母親はもう警戒を見せることもなく、食事を続けていた。

細長い葉を2,3本まとめて鼻で巻取り、口の中に押し込んでいく。

仔どものほうも安心したらしく、長い鼻をやや邪魔そうにしながら、母親の下腹についた乳房を吸っている。

アマリリスが手を差し伸べると、興味深そうに鼻を伸ばして匂いを嗅ぎ、その先端で触りさえした。


「きゃは、くすぐったい。

あ、思ったより冷たいんだねぇ、鼻。」



仔どもと戯れたり、母親の横腹を撫でてやったりといった、娘と鼻長駒の交流を、トヌペカの母は不思議な感覚で眺めていた。


キリエラ人も、まして白拍子シパシクルにとってもその家畜は、

手荒に扱うわけではないものの、拍子呼か、それでままならなければ笞で追い立てて意に沿わせる対象であり、何らかの交流の相手方として見るという発想がなかった。

しかしこの娘は、旧知の友と馴れ合うように駒に接し、駒の方も自然な仕草でそれに応じている。


結局文化の違い、獣をそのように扱う風習の国からやってきたフレシャモ舶来人なのだろうと言えばそれまでだが、

そのような舶来の文化に属し、それもあまり物を知らぬと見えるこの娘が、自分が知悉ちしつしていると思っていた世界の、思わぬ顔を引き出して見せたことは、実に意外なことだった。


しばらくそうやって戯れたあと、娘はよからぬ考え、それもかなり周到な奸計かんけいを得た顔になって、そばにいた白拍子シパシクルに声をかけた。


「ねぇ。

この子たちなんだか退屈そう。

きっと外の草とか食べたいんだよ、お乳の出も悪かったりしない?

よかったらぁ、あたしが散歩させてきたげよかっ!?」


直前からのこの展開に、ユクは面食らった。

それで策をろうしているつもりなのか??この娘は。

いや、案外単純にこの駒をおもんばかっての言動という可能性も、、


白拍子シパシクルの兵士は一顧の間もなく応じた。


「有難きお申し出、

お心遣いのみ謹んで頂戴つかまつる。」


「ちぇ」


ユクは天を仰いで頭を振った。

この娘に頭目とうもくを任せた徒党パーティは大変な目に遭うことだろう。

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