第415話 異能者の出撃

狂戦士バーサーカーの整備を担う兵士の動きが慌しくなってきていた。

アマロックは右端の一体、棄て置かれているかのように、だれも手をつけない素体のほうへ歩いていった。


それは、正確には狂戦士バーサーカーの残骸と言い表されるべきものだった。

戦闘で損耗し使い物にならなくなった機体から取り外した、腕や脚や胴を、狂戦士バーサーカー一体分に足りるように寄せ集めてきたに過ぎない。

実際、生命を吹き込まれる前、今は腕は肩から外れ、頭部は膝の上に転がっている。


しかし、それがアマロックが出征にあたりベラキュリアに出した条件の一つ、彼の武装だった。

秘匿機構をかいくぐっての狂戦士バーサーカー操作に加えて、アマロックは狂戦士バーサーカーの肉に一体化し、外部に強化された身体として、あるいは戦場での危険から彼自身の身を守る防具として、用いることができた。

珍しい能力ではあったが、戦略上の脅威という点で、ベラキュリアからの関心は秘匿機構回避の異能とは比べ物にならなかった。


一方、アマリリスは違和感とともに興味を惹かれた。

おそらくマフタルたちが古代サイを操縦していたのと同じたぐい、群体の能力。

でも、アマロックは自分で、群体にはなれないのだと言ってなかったっけ?



狂戦士バーサーカーの背に、断ち割られたように大きな裂け目がぱっくりと口を開け、内部には痛々しい朱の肉が覗いていた。

アマロックは狂戦士バーサーカーの外骨格の突起を足場にして肩に登り、素足で狂戦士バーサーカーの体内に踏み入れていった。


バラバラの死骸に過ぎなかった狂戦士バーサーカーの体に電気が走り抜けたように、ぶるっと震えた。

床に突いた両膝を支点に上半身を起こし、首も、腕もない醜怪な巨体が、アマリリスの視界を覆うように立ち上がっていく。

暴れ馬を乗りこなすように巧みにバランスを取ったアマロックがその背の肉に腕を埋めると、両肩からミミズの大群のような、不快な造形の触手の束が溢れ出てきて、腕を胴に繋ぎ、その肩に引き寄せていった。

最後に、4本の腕が頭部を持ち上げ、肩の間に据えると、その目に、赤い光が宿った。


今や凶々しい魔物そのものとなった愛する者を、アマリリスは悲痛な思いで見上げた。

もはや、アマリリスが精一杯背伸びをしても手の届かない高さにあるアマロックの体は、すでに胸のあたりまで狂戦士バーサーカーの体内に埋もれ、周囲の外骨格が寄り合うようにして、開口部を塞ぎはじめていた。


「・・・、」


かける言葉を探して、やっと言いかけたアマリリスは、足元を走り抜け、狂戦士バーサーカーの巨体に取り付いた小柄な姿に、ぎょっとなってあとずさった。

ベラキュリアの華奢な体格はそのままに、腹部だけが異様に膨らんだ奇怪な姿。

あの忌まわしい自殺攻撃の兵士、体内に蓄えた爆薬で、自分もろとも攻撃対象を吹き飛ばす自爆兵だ。


自爆兵は狂戦士バーサーカーの巨体を器用によじ登り、開口部に挟まるようにして、アマロックのすぐ後ろについた。

それが、アマロックからの提案を受け入れるに当たり、ベラキュリアが出した条件の一つだった。

狂戦士バーサーカー部隊の操縦を任せ、武装も与えて野に放つ代わりに、怪しい動きをすれば即座に、ツンドラの塵と消えることになる。


アマロックは背中を振り返り、厄介な子守を押し付けられた子どもが不服を述べるような調子で、ベラキュリアの兵長に訴えた。


「こんなことをしなくても、おれはお前たちの命令に背くことは出来ない。

さっきので分かったろう、おれの命綱は今日はもうお前たちの城砦の中にいるんだ。

少しは他人ひとを信用してみないかね。」


兵長は今度は真面目な様子で、しかし取り付く島もなかった。


「十全に優る鬼胎なしと申す。

その鬼子こそが貴君に託されし私/我々からの信用と了解願いたい。」


納得したかはともかく、アマロックはその件をそれ以上掘り下げようとはしなかった。


「ところで、件はどうなってる。

ずいぶん待たせるじゃないか。」


「生憎尚詮議中なり。

貴君の功績を汲み、良き返事が出来るよう善処している。」


「結構なことだ。

それでは本日も、せいぜい信用を稼いでくるとしようか。」


よろしく頼むぜ、と、アマロックは背後で早くも彼の一挙一動に監視の目を光らせている自爆兵に声をかけ、出撃の最終段階に入った。


アマロックの搭乗する狂戦士バーサーカーの右に並んだ5体の目に、一斉に赤い光が灯る。

にわかに生命を与えられ、戦場での恐るべき破壊と凶暴が信じられないほどに滑らかに動き出した巨体に、ベラキュリアの兵までもがあとずさった。


アマロックと自爆兵を体内に取り込んで、狂戦士バーサーカーの骸が完全な形をなしていく。

開口部が閉じる直前、アマロックは思い出したように、ずっと物言いたげに見上げていたアマリリスを振り返った。


「行ってくるよ、バーリシュナお姫さま。」


「・・・気をつけて」


あたしのバカっ、恋人が戦場に行くってのに、もっと他に言うことがあるだろうと、言ってから思ったが、もう考え直す時間もなかった。

巨体のあまりに、緩慢に見える錯覚すら残して、異能者の率いる狂戦士バーサーカーの軍団はあっという間に石化の森のファサードを抜け、外界の岩山の方に去っていった。



膨れ上がって心をバラバラに引き裂いてしまいそうになる不安を、アマリリスは握りつぶすように抑えた。

大丈夫、アマロックだもの。

どうせとんでもないチートを連発して、無双して帰ってくることでしょ。

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