第412話 イオマンテ#1

ぁ有ぜシ、赤ぇ女ぉ王ぬ異能、譲渡ぅ、分与ぅ、能ェり、とぅん聞こユ。

れバ、また、そン異能、そ・アタぅいたン、アラじャ?

たとぅバ、ぁガ狼群ガ、同胞はらからニ。」


アマロックがまじまじと彼女を見た。

その表情も目も全く笑ってはいない。

しかし、トヌペカの母はそこに悪鬼の哄笑を見たと思った。


「美しいだけでなく聡明な奥方様ゴスポージャに、お目にかかれて光栄だ。

名はなんというんだ?」


トヌペカの母は聞こえない振りを装うこともせず、太刀エムシの切っ先のような視線で魔族を見据えた。

アマロックは肩をすくめ、


「ゴスポージャのご明察どおりだ。

お前たちが取り逃がしたオオカミの中に、銀の毛皮の雌がいただろう。

あれは中身は人間でね、あまり聡明ではないが、なかなか鑑賞に耐えるお姫様バーリシュナだ。

彼女にも赤の女王の能力を預けてある。

もし不測の事態となれば、黒の旅団の保護を求めるように手配がしてある。」


鈍重な不穏に包まれていた訊問室の空気に、音を立てて亀裂が入るような緊張が走った。

兵長が剣呑な口調で訊ねる。


「赤の女王の異能を携え、黒の旅団の保護を求めんとは何事であろう。

貴下は私/我々に仇なすものに加担し、の勢力を奮激ふんげきせんとの心積もりか。」


「最初に言っただろう、おれたちは通りがかりのオオカミで、お前たちの戦争になぞ興味はない。

どちらの旅団が勝とうが滅びようが、おれにはどうだっていいことだ。

黒の旅団を選んだのは、あそこの野にいる古代獣が、黒の旅団と縁があって顔が利くからにすぎない。」


の玄武の霊獣が、黒の旅団とえにしを結べりと申すか。」


「縁といっても腐れ縁のようだがな。」


訊問は再び流れを変え、黒の旅団に関する情報収集に集中した。

アマロックも今度は、答えられる質問には回答する方針のようで、例えば黒の旅団に遭遇した際、敵意がないことを示して投降する作法などを教えている。



しかしトヌペカの母は確信した。

この魔族は嘘をついている。

その言葉の具体的にどの部分が嘘か、ひょっとしたら何もかもなのか、それは分からない。

しかし仮に彼が言ったことがすべて本当だったとしても、この魔族はその裏に、他者には推し量れない欺瞞を隠しているはずだ。


「然して貴下は私/我々の捕縛するところとなり、貴下申すところの、赤の女王を継ぎし姫君との音信は絶たれし。

されば彼の君は貴下の言伝に従い、黒の旅団の庇護に降ったであろうということか。」


「それは姫君のお考え次第だが、おそらくないだろうな。

彼女自身は何も知らん、自分が赤の女王の能力を持っていることも、古代獣と黒の旅団の関わりも。

おれから伝えてあるのは、何か不測の事態になれば古代獣を頼れということだけだ。

全ては、あの古代獣の坊主どもに指示してある。

あの状況では、あえておれの言いつけを守るより、この物騒な土地から出ていくことを選ぶだろう。」


その口ぶりは自然で、すくなくともヴァルキュリアたちの耳にはもっともらしく聞こえた。

ともあれ、「赤の女王の君」も最重要獲得目標として、古代獣とともに広域知覚網探査の対象に加えられることになった。


「若し貴下の推測どおりならば、この地に残る異能者は貴下ただ一人ということになる。」


「そのとおり。

一人で生き延びることは極めて困難な土地で、仲間に置いていかれた危急の異能者一人だ。」


「されば諸姉、私/我々は危急の異能者に対する最大限の厚情を募らん。」


同族のヴァルキュリアとトヌペカの母に向けられた言葉は、訊問の終了と、

アマロックの処分に関する協議に移ることを宣言したものだった。

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