第411話 母〈ユク〉の追想#2:赤の女王

”赤の女王”


それまで無表情を通していたトヌペカの母が、ピクリと眉を動かした。


「ほぉ」


アマロックまでもが、感嘆したような素振りを見せた。


「赤の女王を知っているのか。」


「風の便りのみに。」


「なるほど。

あえて話すまでもないので黙っていたが、見当がついているなら隠しだてる理由もない。

そのとおり、お前たちが見たのは赤の女王の能力だ。」


ベラキュリアの訊問官たちは、今度は仲間同士で密談することもなく、言葉を失ったように押し黙った。

アマロックの言葉自体、真偽が疑わしいという事情ももちろんあったが、

彼女たちの側から持ち出した、その存在があまりに不可解であるために、どう解釈したものか考えあぐねていたのである。



数年前から、彼女たちベラキュリアが外交関係を持つ複数のヴァルキュリア旅団を通じて、各地での不穏な動静が伝えられていた。

それらの旅団が、外交ないし敵対の関係にある旅団が、何者かに「陥落」されたというのである。

陥落が何を意味するものか、文字通り主城砦の廃絶を伴うような全滅なのか、敵対する旅団による乗っ取りなのか、判然としない。

それが分からないほどある日唐突に、消息が途絶えてしまったということだ。


陥落した旅団の領地は、事態の把握のために派遣された調査団の活動もままならない魔境と化しており、それらの調査団はいずれも全滅、ないしはそれに近い状態で戻ってきた。

わずかに得られた情報が、「赤の女王」なる存在がそれらの旅団の陥落に関わっているらしい、というものだった。


その呼称が想起させるような、他の(赤い色をしているかもしれない)ヴァルキュリア旅団による乗っ取りだと仮定してもなお、きわめて不可解な点が残る。


陥落が伝えられた旅団の根拠地はお互いにかなりの距離、一個の旅団が行動する範囲とはとても考えられないほど遠く隔たっていた。

陥落の状況や、その後の調査から得られた情報の類似が示唆するように、それらが単一の旅団によって行われた侵略だとしたら、

首魁はヴァルキュリアが未だかつて見たこともない巨大な勢力圏を持つ旅団ということになる。

それほどの勢力であれば、その兵力や築城物の情報が伝わってこないはずがないし、各地の旅団を散発的に、虫食い状に攻略することなどせず、然るべき大攻勢で一気にこの半島じゅうのヴァルキュリア旅団を陥落することも可能なはずだ。

しかし、そのような荒唐無稽な破局的殲滅の兆候など、当たり前だが観測されていなかった。


そして、細かいことではあるが「赤の女王」という通称自体が違和感の強いものだった。

旅団を組織するような規模のヴァルキュリアが、「女王」を全面に出して何かの活動を行うようなことは普通考えられない。

むしろ人間であれば、結束の象徴的として、仲間内によく知られた存在を集団の旗章はたじるしに掲げることもあるだろうが、

そのような比喩を理解しないヴァルキュリアの内から出てくるとは考えにくい名乗りだったのである。



お互いに関連性のない複数の旅団から類似性の高い情報が伝えられている以上、何かが起こっていることは間違いない。

一方で重要な手がかりとなる「赤の女王」なるものの実体について、伝聞も含め誰も目にしたことがない。


赤の女王の正体を聞き出そうとするベラキュリアの質問に対しては、アマロックはことごとく回答を拒否した。

その対応からは、アマロックもまた赤の女王の形貌かたちなりについては実際何も知らず、口からでまかせを言っているのだ、という解釈も可能なはずだった。

しかし一方で動かしがたい事実は、彼が理外の異能者であり、その能力をもってすれば、要害堅固なヴァルキュリアの主城砦に壊滅的な被害を与え、伝え聞く「陥落」することも可能かもしれないということだった。



ラフレシア語の会話とはいえ、トヌペカの母には内容のすべてを聞き取れたわけではい。

しかし彼女には、その場が陥った膠着は、訊問の流れを別の方向に向けるために、被訊問者が作り出したもののように見えた。

最後まで押し通すつもりだった沈黙を、女は破った。

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