第410話 母〈ユク〉の追想#1:ヴァルキュリアの訊問

初日の大捕物の乱戦において、

長手から狂戦士バーサーカーの制御を奪い取り、2体の長手を含め合計7体の兵士を、槍で貫いたり叩き潰して殺害したアマロックだったが、

同族のオオカミが逃走し尽くすと同時に抵抗をやめ、包囲した兵士にあっさりと投降した。


その時アマロックは2体の狂戦士バーサーカーを支配下に置いたままで、一方その場にいたベラキュリアの兵力は、三叉戟や投網といった武装の通常兵が30体程度というところだった。

なので戦力差でいえばアマロックのほうが圧倒しており、魔神の石像のように直立する狂戦士バーサーカーとその支配者に、

棘々とげとげしいだけの槍衾やりぶすまを突き出したベラキュリアの集団がにじり寄っていく様は、

神授の王権を前にした衆愚の無力を見るような雰囲気もあった。


そのまま城砦に連行され、兵長役のヴァルキュリアによる訊問が行われることになり、トヌペカの母も同席を依頼された。

即席の審議所――そこは普段は、徴発隊が鹵獲したものの、使役に不向きと判断された異族や、

損耗が進み、使役に耐えなくなった傭人やといにん、そして彼女たち自身に廃棄処分を施すための部屋だった。

タイルじきの床、漆喰の白壁は冷え冷えと清浄だったが、壁面にはポッカリと暗い穴、骸棄階層へと直結するダストシュートが口を開けており、審議の行方次第では、ただちにその結論を実行することが念頭に置かれていた。


ヴァルキュリアによる取り調べは、訊問と呼ぶにふさわしい威圧と執拗さはあれど、人間のそれの大半を占める、暴力を用いた情報の引き出しや、心理戦の手管を駆使した駆け引きといったものとは無縁である。

無論それは人道的な配慮によるものなどではなく、魔族に対してそのような手法は単純に不必要、もしくは無意味なのだ。


自分以外の何者にも仕えることのない魔族であれば、実際に暴力を用いるまでもなく、自分の身に迫る危害を知れば、その回避のために何の躊躇いもなく、自分自身以外の一切を売り渡すに決まっている。

アマロックが、例えば逃走した同族のオオカミの安全のために、己を犠牲にして口を閉ざすなどということはあり得ないということだ。


一方で、自分自身以上の価値を何かに認めている魔族であれば、どれほどの苦痛を与えようが、脅し、あるいは甘言を弄したところで、その価値ある何かの利益を損なうようなことを行うはずがない。

例えば彼女たちヴァルキュリアが敵対する旅団に捕縛され、助命と引き換えに主城砦の内部構造の情報を提供しろと迫られたところで、彼女たちが口を割るなどということは絶対に起こり得ないのだ。

だから、ヴァルキュリアは戦争捕虜は取らない。


もちろん、訊問の相手方が、自身もしくは誰かしらの利益のために虚偽の情報を伝え、訊問する側を翻弄するということは起こり得る。

この陥穽かんせいの可能性については、彼我ひがの情報量に開きがある限りは埋めようがない。

嘘を正して真実を語れと詰問したところで、別の嘘をつかれては同じことであり、訊問する側が所与の情報でその嘘を見抜けなければ無意味なのだ。



ヴァルキュリアによるアマロックの訊問も、この彼我の落差を埋める試みと、アマロックが知っていることのうち、彼女たち白のヴァルキュリアに伝える意思のあること、その意思がないことの峻別しゅんべつに終止した。

彼女たちはまた、アマロックが自分たちに与えた損害についても問題にしなかった。

その動機や、結果に対する責任の認識といったことは、彼女たちにとって知る価値の薄い情報だったのである。


訊問は、

[Q1]:アマロックの出自を含め、この地に訪れた背景

[Q2]:この地で行おうとしていること


そして何より、

[Q3]:彼が狂戦士バーサーカーを操った異能の正体と、その能力の入手経路

これら3点に集中した。


アマロックもまた、いたずらに回答をはぐらかしたり、情報を出し惜しんで駆け引きに持ち込むようなこともなく淡々と応じた。

その対応は一見、典型的な、自分自身以外に価値あるものを持たない魔族のそれに見えた。


Q1については、海岸地方のオオカミの群れを率いる人狼ヴルダラクであり、アカシカを追うワタリの途中であること、

Q2行方不明になっているアカシカの群れの消息を確かめ、何らかの手段で地元の森に帰ること、


という、それ自体には疑いを向けるまでもない、ヴァルキュリアにとっては興味の薄い回答となった。


Q3に到って、異能者は初めて回答を一部拒否した。

[A1]:能力の正体:自分がどのようにそれを作動させているか、なぜヴァルキュリアの秘匿機構が機能しないのかは、教えられない。

[A2]:入手経路:以前のワタリの途上で逗留した、とあるヴァルキュリア旅団の者から。

[A3]:補足:その能力は譲渡することもされることも、手離すことも、自分で保持したまま他者に分与することも可能である。


A1の拒否回答については、あえて理由を追及するまでもなかった。

その能力がアマロックの切り札、彼が今生存しており、今後の生存を彼女たちベラキュリアから手に入れる材料となっている以上、

手の内を明かしても生存を脅かされないという保証がなされない限りは教えるわけがない。

ベラキュリアの側に、そんな保証を与える意思はなかったし、仮にあったとしてもその保証自体を確かにするものがない以上、無意味な空手形にしかならなかった。


A2の回答に、ベラキュリアたちは色めきたった。

仲間同士での、発声不要の会話がしばらく交わされた後、兵長が改めて訊ねた。


「某の旅団より入手との由、今一度問う。

いずこかに、其処許そこもとの如き異能を蓄えし旅団ありと申すか。」


これもアマロックの出した条件の一つで、会話はラフレシア語で行われていた。

ベラキュリア達が相談している間、トヌペカの母へと無遠慮に向けていた視線を、アマロックは訊問者に戻して答えた。


「いかにも。一昨年のワタリの時にな。」


「真ならば其の旅団、他が旅団の巨躯兵を思うがままに操り己が兵となせり、

神通の兵力として他を凌駕し勢力を伸ばすはず。

然れども、私/我々は諸方面の旅団と渉外を有せしも、斯くの如し旅団の沙汰は聞こえず。

此は如何に説く。」


「解釈はお前たちの仕事だろう。

ひとつ言えるとしたら、すべての旅団がお前たちと同じ考えをするとは限らんよ。

―― どこにいるかって?それも教えられないな。

この近所、たとえばお前たちの敵の黒の旅団とかではないよ。」


そんな旅団が実在するとして、なぜ異族であるアマロックに狂戦士バーサーカー操作の能力を授けたのか、

アマロックは何の目論見で能力を受け取り、その旅団との間でどのような取引がなされたのか、という問いに対しても、

単に先方がくれるというので、断る理由もなくもらっておいたまで。

現在ではその旅団と自分の間に特別な取引関係はない、という、

全く不満足ではあるが、それはそれで首尾一貫した回答がなされただけだった。


停滞した空気の中、ベラキュリア同士の相談が一巡し、相互に認識を確認するようなやり取りがあった。

兵長のベラキュリアが居住まいを正して訊ねた。


「単刀直入にお尋ね申す。

貴下に異能を授けしは、よもや”赤の女王”の通名にて称せらるる者ではあるまいか。」

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