第409話 石化の森のホール

昨夜、浴場へ行くときに通った二重螺旋通路と似た、竪坑のような空間に出た。

しかし、二重螺旋の通路とは違って、その天辺は青空へと昇る吹き抜けであり、そこを上下する通路もまた大きく雰囲気が異なっていた。

巨大な竪坑の空間に幾匹もの竜がとぐろを巻いているかのように、波打ちうねる階段が、壁面を這い回り、かと思うと吹き抜けの空間に身を躍らせる。

空中でももつれ合い、再び別れた竜は向かい側の壁を貫いて城砦内の通路に消えていく、といった具合の、見るものの心の安定を更に危うくする光景だった。


そんな階段のひとすじを、急な勾配に白い息を吐きながら登っていった。

高原の冷気に、階段の手摺には白い霜が下り、昨夜降った雪がうっすらと、登りの道が分岐する踊り場に残っていた。


雪、、

この高地では、夏でも雪は降る。

しかしいずれ、そして海岸地方よりもずっと早く冬が来る。

噴火騒ぎやら、ヴァルキュリアに捕らえられたりやらで、ずいぶん足止めされてしまった。

この城砦を脱出できたとして、

そして行方不明のオシヨロフのアカシカの群れが無事だったとして、

今から追いつくことができるだろうか?

そして、雪に閉ざされる前に、この山と渓谷の迷宮を出ていくことができるのだろうか?


不安に乱れてバラバラになりかける心を、アマリリスは必死で押さえつけ、頭を振った。

今、それを考えても仕方がない。

今、何か考えるなら、この城砦を脱出する方法だが、考えたところで思いつくものではない。

まずはよくこの城砦やヴァルキュリアのことを観察して、弱点や監視の抜け穴を見つけることだ。

もう、何一つ見落とすまいとアマリリスは心に決めた。

あの吹き抜けの天辺まで、竪坑の垂壁をよじ登って脱出するとかできないだろうか?

と上ばかり見ていたせいで、雪を踏んで足を滑らせ、危ないところを腕を組んでいたアマロックに助けられた。



城砦の中層部、巨大な柱が列をなして並ぶホールに出た。

柱に沿って視線を上げていくと、頭上はるかな高さで柱は樹木の枝のように分岐し、幾重にも重なった花びらのような天井を支えている。

柱の分岐がはじまる節目には、大きな楕円形の発光部があった。

そのフォルムと、中央部で光が強く、周縁に向かって色味が強まる色彩が、何やら巨大な眼球を連想させる。

柱それぞれに橙、若草、瑠璃、琥珀、などの色をした魔物の目が、ホールを通行するものを見張っているかのようだった。


柱の明かりは透光地下茎植物リトープスでまかなわれているのだろうが、ホールの外側は外界に接しているらしく、花びらの天井や高い壁に開けられた窓からは、朝日の光が差し込み、林立する柱に幾重にも反射してホールの底に落ちてきていた。

枝葉を茂らせたまま、魔法をかけられて石に変わってしまった森の中を歩いているのだと思いこむこともできそうだった。


石化の森のホールは、その突き当りでこの城砦からの出口ともなっていた。

ちょうど、本物の森の周縁にはびこる蔦草のように、岩の房が垂れ下がるエントランスの先に外の岩山が見え、頼りなく細い橋が城砦と岩山を接続していた。


”よっしゃ! これで、あの竪坑の壁をクライミングしたりしなくても、逃げ出せる。”


アマリリスはあからさまに表情に出してほくそ笑み――

ふと、ホールの脇の方に目をやって、自分まで石化したように立ちすくんだ。


石化の森の、明かりも届かない暗がりの中に、

あの凶々しい狂戦士バーサーカーが何体も、その強大な力が解き放たれるのを待っていた。

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