異能者たちの戦場

第408話 樹洞のバルコニー

霧が薄れるとともに雲も切れ、白夜と交代した太陽が顔を出した。

穏やかな朝日が岩山に、ベラキュリア要塞の岩のファサード、上層のテラスにも降り注いでいた。


列柱に支えられたアーケードに覆われ、胸の高さの欄干に囲まれたバルコニー。

それらがお互いに支え合う放射アーチや三角窓といった構造は、それが確かに建築物であることを物語っているのだが、

柱は各々に傾いてねじれ、壁も屋根も、床までもが波打って渦巻きを描いている。

まるで、途方もなく巨大な樹木の根や枝が絡み合った樹洞の空間にでも迷い込んだみたいだ。

そしてアーケードの上には、朽ちて崩れ行く巨木の幹よろしく、寄り合って融合した尖塔のかたまりが聳えていた。


樹洞のバルコニーから身を乗り出し、アマリリスは岩山の尾根に去ってゆく6体の姿に目を凝らした。

まだ辛うじて見えてはいたが、狂戦士バーサーカーの巨体もこの距離からは米粒のようで、そのうちのどれがアマロックなのか、もう見分けることは出来なかった。




「・・・シュッセイ出征?」


「戦闘に参加する、っていう意味だそうだ。」


「わかってるよそれは、

アマロックがヴァルキュリアの戦争に出て戦うってこと??」


アマリリスが目覚めた時、アマロックはもう起きていて、出迎えに来たベラキュリアの兵長と話し込んでいた。

向こうでは、例の刺青の女のところにもベラキュリア兵が来て話していて、ファべ子が、心なしかもう一人の男の子を背後に引き寄せるようにして、不安そうにその様子を見守っている。

明らかに、城砦全体が目覚め、慌ただしい動きを見せはじめていた。


アマロックがベラキュリアの傭兵としてチェルナリアと戦うこと、それが自分たちの助命の条件の一つ、

今日それを知ったのはショックだった。

だから昨日、あれだけムチャ振りをしてもベラキュリアたちは黙って言うことを聞いていたわけか。

アマロック一人にそんな危険を背負わせていること、自分の考えなしの行動がさらにその負担を増してしまったように思えて、心苦しかった。


「大丈夫、そんなものは君の気の迷いだよ、バーリシュナお姫さま。」


”ひっど!”


じゃあまた今夜、と肩越しに言って、アマロックはベラキュリアの兵士に付き添われ、早くも緑の箱庭を出ていこうとしている。

アマリリスは猛然とその後を追い、またしても門番のベラキュリアと小競り合いになった。

アマロックはため息をついて、


「赤の姫君の好きにさせてやれ。

城砦内の行きたがる所に行かせ、見たがるものを見せてやれ。

さもなければおれはお前たちに協力しないぞ。」


むしろ自分が命運を握られている相手に、ずいぶんとはったりをかけるものだと息を呑んだが、そうではない。

アマロックは、戦力としての自分にそれだけの価値があると知っているのだ。


アマリリスを押し留めようとしたベラキュリアは戸惑うでもなく、例の、天井の先からの指示を待つような仕草を見せた。


「第一警戒水準の領域内ならば。」


「これから行こうとしているのは第何水準なんだ?

せめて第三警戒水準だろう。」


「・・・第二警戒水準まで。

それ以上はまかり通らぬ。」


「それでいい。」


兵士たちの人垣越しに、アマロックが手を差し伸べ、

アマリリスはこれ見よがしにベラキュリア達をかき分けてその手にすがりついた。


異能の人狼ヴルダラクと腕を組んだ赤の姫君、二人を護送する兵士たち、マフタルと、どういうわけかあの刺青の女までついてきて、

それは確かに、強大な王の出征を見送る一行のような雰囲気があった。

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