第406話 箱庭の夜伽:第一夜#2

あんたの大好きな女ばっかハーレムだしな!でもその場合あたしたちはどうなんのよ!?

といつまでも鳴り渡るアマリリスの喚き声に、トヌペカは寝袋アミプの中でユクの掌を捕まえ、訴えた


{あいつらうるさいんだけど、あのバカ巨乳とエロ魔族}


白拍子シパシクルに一日中引っ張り回されて、疲労困憊の寝入り端を妨げられたユクは低い呻きを漏らし、

それでも優しくトヌペカの手を撫でてからこたえた。


{・・・あの異能者は、覇王の器なのかも知れないわ。

覚えておいて、トヌペカ。

この先、あいつがどんなに魅力的に思える申し出をしてきたとしても、それに乗ってはダメよ。

自分でよく考えて、災厄を逃れる道を探しなさい。。}


ユクからはいつも聞かされていた。

魔族には決して関わってはならない、その姿がどう映ろうともただちに目をそむけ、

その言葉――声であれ手話であれ、何を語ろうとも決して聴き入れてはならない。


ユク自身は語らなかったが、トヌペカの姉は魔族に殺されたのだと、群族の大人から聞いた。


そんなユクのいつものお説教の延長とも受け取れるが、

いつもよりむしろ禁止の度合いは弱い、魔族の言葉を聞いて吟味することを前提とした言いつけにも聞こえるところに違和感があった。

魔族である白拍子シパシクルの間で暮らすようになって、ユクにも知らず知らずのうちに考えの変化が生まれているのか、

あるいはあの魔族が特別だと言っているのか。


{ハオウのウツワ、って何?}


{”この世を統べる力”を持つもの・・・ ”カミサマ”の、ありがたくない部分かしらね。

この間、話しかけたユカラの続き、教えてあげるわ。。}


文字を持たない民族は少なくない――むしろ本来の多数派であるが、

キリエラ人のもう一つ興味を引く文化として、彼らは創世神話を持たない民族群だった。


世界の多くの民族で、人智を超越した存在が、無や混沌から人間を含むこの世界を創造したと伝承されるのに対し、

キリエラ人の神謡では、世界は「最初から」ほぼ今ある通りの姿で存在していた。

おそらく南方文化の影響で「祖」あるいは「カミサマ」と呼ばれるようになっていった存在は、深い深い地底の洞窟を通って、ある星の眩しく輝く夜、この地上に「歩き出てきた」とされている。


彼はこの世界にあまねく存在する神霊的存在、ハルニレの霊、アカシカの、オオカミの、シャチの霊といったカメェの一柱であり、この世界の創造者や所有者としての性格は本来持っていない。

彼が創造したと言えるのは、一つには、同じようにして地上に現れた女を妻とし、子孫の繁栄を築いたことだ。

つまり彼は人間の始祖、「祖」でもあり、そのカメェは今も人間を見守っている。


{昔も今と同じように、世界には苦しいこと、悲しいことが絶えなかった・・・

どうしてこんなに苦しいのだろう、なぜこんなつらい思いをしなきゃならないんだろう、って考えたある若者は、

野を越え、谷を越え、、四方世界を見下ろす山に住む、祖神さまに訴えに行った・・・

どうか私の世界から、苦しいこと、悲しいことを取り除いてください、って・・・}


{そんで?}


暗がりの中ではあったが、ユクの手の動きの鈍さから、母が寝落ちしかけているのを察したトヌペカは、彼女の手の甲をつねって先を促した。


{そっ、、祖神さまは・・・人間に深く同情したけれど、困ってしまった。

だって、この世界は祖神さまの物ではないのだもの。

山が火を吹くのも、不作に飢えるのも、疫病で大勢が死ぬのも、祖神様にはどうすることも出来なかった。。

けれど若者の苦しみをなんとかしてあげたい、と思った神様は、苦しみの方を消してしまったの。

それらの、災厄に苦しむ若者の心そのものを・・・}


それは即ち、人間らしい心、自ら苦しむ心だけでなく、他者の苦しみに寄り添う心、人を愛する心までをも失うことを意味していた。

若者は人の姿を持ちながら、他者の苦しみを省みず、誰かを愛することもしない、獣と交わって子を産む異形のカメェとなった。


{それが、魔族の起源、、祖神さまが創造したもう一つのものよ。

その若者、魔族の始祖が「覇王の器」と呼ばれているのは、その当時、魔族のもつ幻力マーヤーに対抗するすべを持たなかった人間に、次々に取り憑いて、魔族に変えていってしまったからなの。

もう少しで、人間は残らず魔族にされてしまうところだった。}


{いやいやカミサマなにしてくれてんのさ、意味わからんしょ。

救ってくれないどころか魔族をこしらえちゃうなんて、どんだけポンコツなんだって話よ。}


ユクは、遠い昔に自分の母からこのユカラを聞かされたときのこと、同じような感想を述べて、やたらと厳しかった母に、祖神への無礼を叱られたことを思い出した。

それから数十年の歳月を経た頬に、今の彼女にはそぐわないばつの悪そうな笑みを浮かべ、ユクは優しく娘の手を撫でて言った。


{祖神さまも反省したんでしょうね。。

私たち、魔族にならなかった人間のために、他のカメェさまに頭を下げて、力を貸してくれるように頼んだの。

カメェさまたちは――魔族のカメェさま以外は人間に同情して、自分たちの衣を人間に与えてくれた。

そのおかげで、私たちは獣となって生きることができるようになった。。

カメェさまに庇護されて、魔族が取り入ろうとしてもはね返すことができるようになった。。}


だから、自分たちを庇護してくれる獣に、日々感謝して生きなさい、

再び覇王の器が現れるようなことがあっても、取り入られることのないように強い心を持ちなさい、という教訓譚でもある。


{え~~、何かカミサマ、自分のしくじりを誤魔化そうとしてない?

大体、庇護獣を持たないシサム外国人だっていっぱいいるしょ?そういう人はどうなんのよ。}


民族発祥の地、キリエラ群島の中だけで暮らしていた先祖は知らなかったろうが、世界には変身の文化を持たない民族のほうが大多数なのだ。


{そうね。。結局、言い伝えっていうのはその程度のものなんだ、ってことなんじゃない。

いいこと言ってるところもあれば、バカバカしい妄言でしかないところもある。

自分で考えて、役に立つとおもうところだけ使えばいいの。

強い心を持つ、っていうのはそういうことよ。}


でも今は役に立たないと思うことも、いずれ歳を重ねて意味がよくわかってくることもあるから、

どのユカラもきちんと覚えて、あなたの子供に伝えてあげるのよ。


ユクはそのユカラに続きがあることを、しかし今回はトヌペカに教えず、話を締めることにした。


それは、未来について語っている。

こうして、祖神の子孫は人間と魔族に分かれていったわけだが、やがて人間と魔族が再び手を携える日がやってくる。

祖神の采配により、人間でありながら、魔族の幻力マーヤーをも身につけた娘が遣わされ、魔族と人間の橋渡しとなる。

その時にこそ、祖神への訴えは実り、この世界から一切の苦しみが消え、真の調和と平穏が訪れるであろう、と。


魔族との融和によって人間が高められるということも、その先に王道楽土が訪れるということも、どうにも納得し難い話で、

むしろ、祖神がまたも余計な介入をして、人類のすえが、再来した覇王により残らず征服されることになる、そういう終末を予言しているように思えてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る