第402話 赤の姫君ご一行:沐浴階層の嬰児

「お風呂って、、コレ??」


「然り。」


アマリリスは口もとまで引き寄せた毛皮のかげで、途方に暮れて”浴場”とその周囲を見回した。

魔族であるヴァルキュリアの巣に、大理石の浴槽を期待するのはお門違いだろうが、それにしても、、、


それは、ヴァルキュリア城砦の地下から湧き出し、再び岩の隙間へと流れ込んでゆく熱泉の流れが滞留した湯の池だった。


モクモクと煙を上げるお湯はいかにも温かそう、そして硫黄の匂いがするまではいいとして、

明らかにそれとは違う、雑多な野菜を集めてにすり潰したような青臭い匂いが鼻を突く。


匂いのもとはなんとなく見当がついた。

熱泉の出元から湯だまりへと温水が流れ下ってくる岩は、藻とも苔ともつかない、薄気味悪い青灰色の房をびっしりとつけ、湯の流れに揺らいでいる。

湯だまりの岸、アマリリスの足元もまた、黄緑色をしたスポンジ状のマットに覆われ、水面にも至る所に、得体の知れない塊が浮かんでいる。

お湯は澄んでいるようだが、湯気と浮遊物で底のほうがどうなっているのかよく分からない。


入って大丈夫なもんなのコレ、、かえってキタナくなったりしない?

激しく躊躇するアマリリスだったが、結構な距離を歩かされたわけだし、これで何の収穫もなしに引き返すのは癪だ。

正体不明の沼をしばらく眺めたあと、覚悟を決め、身を覆っていたオオカミの毛皮を肩から滑り落とした。

両腕を水平に掲げて待機するベラキュリアの兵士に預け、おそるおそる湯に足を浸した。


”あったかーーい。”


湯は熱すぎず、一方で体の中に流れ込んでくる熱がはっきり感じられる温度で、

いっぺんで抵抗感の吹き飛んだアマリリスは、そのままざぶさぶと踏み込んでいって全身を湯に沈めた。


浴槽というか、沼の底は沼そのもので、濃い緑の藻ないし苔が分厚いマットとなって覆い、それどころか海綿のような塊となって水中のあちこちに立ち上がっている。

水面に浮かんでいるのは、そういうのが千切れて浮かび上がってきたもののようだ。

気にしない気にしない、と自分に言い聞かせる。


お湯には独特の粘性というか、指をくぐらすとトロリとした感触があるが、お湯そのものはさらりとしていて、浸かっているだけで肌の質感が変わってくる感じがする。

両手でお湯をすくって顔を洗うと、しょっぱいような、金気カナケっぽいような匂いが鼻をつく一方、生臭さはほとんど感じなかった。


結わえていた髪を解き、手櫛でほぐしていると、ベラキュリアの兵士の一団がゾロゾロと浴場に入ってきた。

皆、卵型のカゴを両脇にひとつづつ抱えている。

洗濯でもするのかと思ったら、何とカゴの中から取り出されたのは赤ん坊、ベラキュリアの幼生だった。

どうやらこの浴場で湯浴みをさせるらしい。

というか、そもそもこの浴場は来客をもてなすよりもそちらが主用途なのだろう。

物珍しさにつられて、アマリリスは近づいていってベラキュリアの手元を覗き込んだ。


今まで見たヴァルキュリアはどれも(あの狂戦士バーサーカーは不明だが、おそらくは)女性ばかりだったが、

この赤ちゃんには4人に1人ぐらいは男の子がいる。

持たざる身としてはついついそこに目が行ってしまう、ころころムチムチした足の付け根に、可愛らしいおちんちんがついている(きゃ)


兵士達は三人が一組となって、

一人が両手に赤ん坊を横たえて湯につからせ、一人が海綿のようなもので体を拭ってやり、

もう一人が入浴の済んだ子をカゴに戻し、次の子をカゴから出して渡す、という流れ作業で沐浴を行っている。

丁重に取り扱われる赤ん坊は、ぐずるでもなければ笑うわけでもなく、どこか子どもらしからぬ泰然とした雰囲気で、世話人のなすがままにさせている。

透き通る白い肌に、淡いアクアマリンの瞳、プラチナブロンドの髪、それは自然の産物というより、卓越した職人がこしらえた芸術的なガラス細工のようだった。


「かっわいっ!天使みたい。

あなた達がお母さん?」


ベラキュリアは怪訝な顔をした。


「オカアサン、とは何か。」


「何って、、母親。

この子達を生んだひとのこと。」


ベラキュリア達はお互いに顔を見合わせ、視線と瞬きで会話するような間が空いた。

回答を待つまでもなく、どうやら違うようだった。

甲斐甲斐しく世話してはいるものの、この場でさえ彼女たちは甲冑を脱ごうとせず、湯浴みの済んだ子をその胸に抱いてやるわけでもない。


「おそらくは素体錬成機能の類語であろう。」


「ソタイ・・レン??」


「個体としての機能保有者は、始原女王6体が稼働中である。」


始原・・・『女王』。

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