第398話 異族交流晩餐会

アマロックの指図を受けたベラキュリアの兵士がその場を退いてしばらく、

料理を満載した大皿を抱えた兵士を5人引き連れて戻ってきた。

次々と自分の前に並べられる豪華な料理を前に、アマリリスは子どものように歓声を上げた。


大皿に山と積まれた骨付きの煮込み肉、別の皿には薄切りにした冷肉が敷き詰められ、

ボウル一杯の炒め飯に、湯気が立ち昇るスープを満たした鍋、素材や調理方法すら分からない料理もあった。


「おいっし、この肉とか中までホロホロだよアマロック、

マフタル、あんたも食べなよ!」


煮込み肉をほおばりながら、アマリリスは孤独な友人を手招きした。


「え、いいの?」


「もちろん、こんなの一人で食べきれないよ。

あそーだ。ファべ子も食べるかな?」


アマリリスは緑の箱庭の隅っこから、チラチラこちらに視線を送ってくる少女に手を振り、料理の山を指差して手招きした。


トヌペカはハの字の眉をいっそうひそめて、今しがた所用から戻ってきた母親に目で問うた。

内心では差し止められることの方を期待していたような風情だったが、ユクは案外鷹揚に頷き、行っておいでと促しさえした。

立つ瀬がない格好になったトヌペカは、テイネ[仮]の手を引いて、おっかなびっくりフレシャモ外界人の宴卓に近づいていった。


緑の床に並べられた皿の対面で、こちらの顔色をうかがっているファべ子に、アマリリスは最大限の努力を払って心優しい笑顔を見せ、

皿のいくつかをわずかに彼女の方に押しやると、あとはそっとしておくことにした。

昔、すずかけ村の屋敷の庭に、荒れ地から迷い込んできたアナグマと同じ。

いくらこちらは好意でも、餌を握りしめて追い回すようなことをしては目も当てられない結果になる。


アマリリスの目論見通り、

ファべ子はしばらくもじもじしていたが、やがて食卓、あるいはアマリリスに向かって一度手を合わせ、

煮込み肉の塊を取ってついばむように食べ始めた。

隣の男の子に取り分けてやることも忘れなかった。

お行儀のいい子。


アマリリスの胸に、敬意にも近い親近感が広がっていった。

こんな異界の奥地で、言葉も通じない相手同士だけど、やっぱり同じ人間なんだな。

片やウチの魔族は、食べ散らかすというわけではないが、食物や、食事にありつけることへの感謝など何も感じられない採餌なわけで。

食事をする仕草だけで、人となりや心がけが部分的にでも伝わってくるというのは、

会話の方法や様々な慣習といった表層の差異を取り除けば、きっとあたしたちと何ら変わることのない、お互いに理解し共感を分かち合える人間なのだ。


「おいしいね。」


アマリリスはその場にいた誰にともなく語りかけた。


「このなますとか、不思議な歯ざわり、、何の肉だろ?」


赤いタレを絡ませた薄切り肉を一枚、箸でつまみ上げ、しげしげと眺める。

そのタレもまた、これまで味わったことのない味覚だった。


「僕も食べたことないや。

不思議だね、ベラキュリアだけでどこからこんな食べ物を仕入れてくるんだろ?」


「・・・・・!?!?

まッ、まままさかこの肉って・・・!」


”この肉”を半分口に咥えたまま、アマリリスは一気に血の気の引いた顔でアマロックに詰め寄った。

魔物の右手がゆるりと動いて、給仕のように控えていたベラキュリアの兵士を指し示すのを見て、

さらに、魂も人間としての尊厳も根こそぎ引き抜かれてしまったような表情になった。


しかし、よくよく見ればその爪の切っ先は、ベラキュリアの向こうにいた長鼻の駒を向いていることに気づき、

処刑台に登る悪夢から醒めた人のような、心底からの安堵の息を吐いた。



会食の場の何もかもが、今やアマリリスには愉しく心地よく思え、

あの憎たらしくて仕方なかった女、ファべ子の母親も招いてもいいような気分になっていたが、

結局二人の視線が合うことはなく、女はやがて、彼女を呼びに来た兵士について再びどこかに立ち去っていった。

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