第397話 その名はファべ子

「・・・なんかあの子、ファーベルに似てると思わない?」


組んだ腕をまだ解こうとしないアマリリスをぶら下げたまま、

キリエラ人の少女とその相方の、熱心な”会話”を眺めていたアマロックに訊ねた。


「そうかい。

でもファーベルとは別人だよ、あれは。」


「分かってるよそんなことww

言いたいのは、ほら、例えばあたしとあの子と、ファーベルとあの子だったら、

ファーベルのほうが似てるじゃない?ってことよ。」


「時々、ほんと難しいことを言うねぇ、人間は。」


アマロックがしみじみと、ただただ不思議そうに答えた。


「ふふっ。

魔族にもこの感覚を伝えてあげられれば、アマロックも愛しのファーベルの面影に癒やされたのにねぇ。

言葉が通じないのが残念だな、、手話じゃ、名前もわからないし。」


「人間同士じゃないか。

言葉は違っても、心で通じ合ったりはしないものなのか。」


「わかんないよ、手話なんて・・・

見たこともないもの、チンプンカンプン。」


「そんなもんか。

じゃあ変わらないな、おれもチンプンカンプンだよ。

ラフレシア語も手話も。」


「?

魔族も時々よくわかんないこと言うよね。


・・・よし決めたっ、あたしが名付けちゃう!

”ファべ子”! 君の名は、、ファべ子ッ!」


アマロックと再会できた喜びと安堵で、変なテンションのスイッチが入ったアマリリスが叫び、

やたらと騒々しかったその声に、”ファべ子”はびくっと身を震わせた。



呼びかける名が出来たところで、その相手との距離が縮まるとは限らない。

そういうことは、言葉を媒介にせずとも心で伝わるものだ。

明らかに警戒し、こちらとは目を合わせようとしない同族の少女はひとまず置いておいて、

アマリリスは自分を警戒しない方の同族の様子を見に行った。


サンスポットもアフロジオンも相変わらずぐったりして、撫でてやると耳をパタパタさせるものの、ほとんど身動きもしない。


「ずっとこのまんまじゃ、そんだけで弱っちゃうよ。。

ほら、お食べ。」


盆に盛られたままの肉を一切れつまみ上げ、サンスポットの口の所に持っていった。

しかしサンスポットは、黄色い眼を動かしてアマリリスを見上げただけで、食べようとしない。


「ふむ。」


同じようにうずくまっている5頭のオオカミをしばらく見下ろしてから、

アマロックは、少し離れた所で控えていたベラキュリアの兵士を手招きした。


「拘束を解いてやってくれ。」


「貴君の申し出といえども、私/我々としては・・・」


「分かっている、野放しにしろとまでは言ってない。

物が食える程度に緩めてくれればそれでいいんだ。」


兵士が視線を上げ、一考するというよりは、天井の先にいる存在からの啓示を受け取るような間があった。

その後、視線を下ろした兵士は無言で、持っていた三叉戟をサンスポットたちの上にかざした。


それに呼応するように、オオカミたちの身体を覆っていたネバネバが動き始めた。

離れていくことはないようだったが、網目のような形状から、いくつかのまとまったダマに姿を変えていった。


オオカミたちの身体がぶるっと震えた。

半死半生の体だったアフロジオンが、サンスポットが、勢いよく身体を起こし、四肢の爪でみどりの地面を掻いて立ち上がる。

アマリリスは目を丸くして見ていた。

立ち上がりはしても元通りとはいえない、罠に挟まれた獣のように、ぎこちないびっこでシャクトリムシのように歩くのがやっとではあるが、ぎくしゃくと歩いていって、盆の肉に群がった。


マジか。


アマリリスはこの上なく険悪な目つきでベラキュリアの兵士を睨みつけた。

あたしの言うことはガン無視だったのに、こいつらッ・・・!


真っ先に湧き上がった感情はそれだったが、それが意味するもう一つのことに気づいて、

アマリリスの憤怒は、悪魔的な奸計へと形を変えた。

つまり、アマロックの言う事なら聞くわけだ。


「あぁーー、お腹空いちゃったな〜〜、朝からこの辺の草しか食ってね―し。

ねぇなんか持ってこさせてよ、アマロック。」


「なんか、って何がいいの?」


「そりゃあ、とりあずご馳走!美味しいものなら何でもいい!!」


「ふむ、承知した。」

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