第394話 無益な思考停止

ヴァルキュリアにとっても戦争とは、莫大な労力と資源を失う消耗活動だった。

ベラキュリアとチェルナリアのような競合する旅団が、紛争ではなく対話と協調によって、領土をはじめとする双方の権利を調整し合ったならば、

全体としての生産性は何倍にも膨らんでいたと試算される。


実際、旅団間の戦力が拮抗するような場合、或いは双方が防衛に有利な地形の支配域を持つなどの環境要因によって、

戦線が膠着して戦闘行為が停滞し、事実上の休戦状態に陥るようになると、戦争以外の事業が活性化し、目覚ましい繁栄がもたらされることがある。


しかし、仮にヴァルキュリアに和平の継続を望む心があったとしても、それが末永く続くことは期待できない。

協調による相互発展は来年の利益を5倍にするかもしれないが、戦争の勝利は明日の利益を倍にし、敗北は一切を失うことを意味するからである。

だからこそ彼女たちは女戦士ヴァルキュリアであり、戦争は優先度において他を圧倒する彼女たちの最重要事業だった。


その戦争において、戦力の多くを依存する狂戦士バーサーカー戦隊の、運営の基盤である秘匿機構が脅かされることは、決してあってはならない、悪夢のような事態だった。


それでも、彼女たちヴァルキュリアは魔族であり、魔族は悪夢も、そうでない夢も見ない。

どれだけ深刻な困難に対面しても、それを克服するか、回避するか、受容するかの選択肢しか持ってはいなかった。



寸刻の逡巡もなく、ベラキュリアは対処に乗り出した。

同様の事態の発生による被害を防ぐため、全軍に狂戦士バーサーカーの運用を停止し、兵卒のみで任務にあたることを決定したのである。

ただでさえ先日の噴火で大幅に兵力を削がれたうえ、チェルナリアが領土拡大の好機とばかりに、狂戦士バーサーカー混成の大部隊で押し寄せてくる、領土内要衝の拠点防衛の任務に。


当然の結果として、それらの部隊が波に揉まれる砂のように敵に蹂躙され、次から次へと拠点を奪われても、当の防衛部隊を含め、危機的状況にあるベラキュリアの旅団はまるで動じず、戦略を再考するような動きも見られなかった。

ふたたび狂戦士バーサーカー戦隊の制御を奪われるような危険を許容できず、秘匿機構の破綻についての新たな手がかりも得られない以上、転向を検討すべき他の方針自体を持っていなかったからである。

人間のように、何故こんな信じがたいことが起こるのか、何故、自分たちがこんな目に遭うのか―― などと思索を弄ぶ時間を浪費するかわりに、彼女たちは目の前の戦いに淡々とその生命を投入していった。


一方でそれは、――大半において無益な思考停止に終わるにせよ――飛躍的な問題克服を産み出す貴重な資質の欠如には違いなかった。

なぜあり得ないはずのことが起きているのか?

なぜ秘匿機構が機能しないのか?

理解を阻む壁を前に問い続け、仮説と検証を積み重ねる探求によって、ヴァルキュリアはアマロックが狂戦士バーサーカーを操ってみせたからくりを見破っていたかもしれない。



その一方でベラキュリアは、人間の感覚では更に理解し難い決定を下す。

このような事態を招いた当の本人であるアマロックの提案を受け入れ、最終的には狂戦士バーサーカー戦隊の運用を再開したのである。

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