第393話 より深刻だったのは

損害の大きさもさることながら、ベラキュリアたちにとってより深刻だったのは、異族であるアマロックが、彼女たちの狂戦士バーサーカーを操縦してみせたというその事実だった。


長手が狂戦士バーサーカーを操縦する際の通信は、両者の生体旋律の共鳴、非接触状態の設計音符の同調現象を利用する。

――その原理が、マギステル楽派の探求により解明されたのは、この物語よりも後の時代のことである。

勿論、ヴァルキュリアがその原理を理解して利用していた訳ではないが、一方で実用の技術としていたということだ。


長手から狂戦士バーサーカーへの運動指令信号、狂戦士バーサーカーから長手への知覚情報が、この共鳴旋律通信により伝送されるが、

悪意ある第三者による、通信への不正侵入を防止するため、交わされる信号には秘匿機構が組み込まれている。


秘匿機構は通信に先立ち、操縦手である長手の生体旋律の一部から、規定の手続に従って合成した旋律を、操縦対象の狂戦士バーサーカーに奇着するコルジセファルスに埋め込むことからはじまる。

この合成旋律は、合成元である長手の生体旋律と対になる、非対称の鍵として機能する。


長手の生体旋律により施錠された情報は、対となる合成旋律によってのみ解錠することができる。

逆に、合成旋律によって施錠された情報は、長手の生体旋律によってのみ解錠することができる。


長手の生体旋律、狂戦士バーサーカーに渡される合成旋律とも、施錠/解錠用の鍵として用いうるが、

で施錠された情報は、を用いないと解錠することができない。


この状態を用意した上で、通信が開始される。

長手は、狂戦士バーサーカーに対する操縦信号を自分の鍵=自らの生体旋律で施錠した上で大型兵に伝送する。

狂戦士バーサーカーに奇着するコルジセファルスは、予め渡されていた合成旋律で解錠して操縦信号を取り出し、その指令どおりに狂戦士バーサーカーを動作させる。

もし施錠されていない操縦信号や、合成旋律で解錠できない信号を受信した場合は、それを受諾せずに棄却する。


仮に悪意ある第三者が長手<>狂戦士バーサーカーの接続に侵入し狂戦士バーサーカーの不正操縦を試みる場合、

悪意の第三者は、長手からの正規の操縦信号を偽装した操縦信号を狂戦士バーサーカーに伝送する必要があるが、

施錠用の鍵となる、正規操縦手である長手の生体旋律を入手しない限り、そのような偽装を行うことは出来ない。

施錠されていない操縦信号や、正規の鍵以外の情報、例えば悪意の第三者自身の生体旋律で施錠した信号では、狂戦士バーサーカーが持つ合成旋律で解錠することが出来ず、

受諾されないからである。


反対方向の通信、狂戦士バーサーカーから長手への知覚情報の伝送は、操縦信号とは逆に、狂戦士バーサーカーが持つ合成旋律で施錠して行われる。

合成旋律で施錠した情報は、対となる鍵、長手の生体旋律を用いてのみ解錠可能であるため、正規操縦手の長手はそれを解錠し情報を取り出すことができる一方、

長手の生体旋律を所持しない第三者がその通信を傍受しても、解錠することが出来ず、情報を入手することが出来ない。


戦場で前線に立つ狂戦士バーサーカーは、戦闘での破壊や鹵獲により敵の手に渡る事態も避け難く発生しうるが、

この秘匿機構がある限り、狂戦士バーサーカー自体を入手したところで、敵はその狂戦士バーサーカーを操縦することも、知覚情報を取得することも出来ない。

なぜなら、それを行うには、操縦手側の鍵となる長手の生体旋律が必要となるが、狂戦士バーサーカーやコルジセファルスを解体したところで、見つかるのは合成旋律のみであり、長手の生体旋律を入手することは不可能だからである。


ほとんどの場合、この長手<>狂戦士バーサーカーの秘匿機構のみで十分な侵入耐性が確保されるが、

後方で武装兵に護衛されているとはいえ、戦場に立つ長手操縦手が鹵獲されるような事態に備え、ヴァルキュリアの戦隊にはもう一重の秘匿機構が施されている。


長手と狂戦士バーサーカーの秘匿通信に関して、大枠は上記の通りであるが、

長手が保持し、狂戦士バーサーカーとの通信に用いる鍵は、実際には長手の生体旋律そのものではなく、

城砦の中枢である始原女王の生体旋律によって施錠された、「鍵のかかった鍵」となっている。

この2重の鍵から第3の旋律が合成され、操縦用の鍵として狂戦士バーサーカーに注入される。


狂戦士バーサーカーの操縦時、長手は、狂戦士バーサーカーとの通信用の接続とは別に、城砦の女王との接続を開く。

この接続が維持される間に限り、長手が保持する2重鍵は有効に機能し、狂戦士バーサーカーとの通信で交わされる操縦信号の施錠や知覚情報信号の解錠が行えるが、

女王との接続が遮断されると同時に2重鍵は機能を喪失し、女王との接続が再開されない限り、長手は狂戦士バーサーカーを操縦することができなくなる。


万一長手が敵の手に落ちるようなことがあっても、その長手との接続を女王の側から遮断してしまえば、もはや長手は狂戦士バーサーカーの操縦ができず、敵によって狂戦士バーサーカーを逆利用されるような被害を食い止めることができる。


なお、女王<>長手間の接続は長手<>狂戦士バーサーカーの接続とは用途が異なり、女王は長手の持つ2重鍵に効力を与える役割しか持たない。

女王が長手に対し操縦や指示命令を行うことはなく、2重鍵の生成に女王の生体旋律が用いられるのは、単にそれが、ヴァルキュリアの支配域で最も安全な、城砦の最深部に収容された情報だからである。


この、女王<>長手<>狂戦士バーサーカーの秘匿機構に第三者が侵入しようとすれば、侵入者は長手のものに加え、女王の生体旋律をも入手する必要がある。

現実的にそれは極めて困難なため、秘匿機構は万全の侵入防壁として機能する、はずだった。



しかしこの人狼ヴルダラクはそれを易々と突破し、しかも同時に3体もの大型兵を操ってみせた。


アマロックを捕らえた後、女王の生体旋律が漏洩した可能性をも考慮して、女王の生体旋律の代わりに、

別の個体の旋律を第2の鍵とする2重鍵を生成して狂戦士バーサーカーに注入し、アマロックの前に引き出したところ、正規操縦者の長手はものの数秒の後に操縦権を奪われ、狂戦士バーサーカーはアマロックの意のままに作動し始めた。


事ここに到っては、アマロックの前にヴァルキュリアの秘匿機構はもはや侵入防壁として機能せず、アマロックはそれらを回避することのできる異能力者であると認めざるを得なかった。

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