第392話 狂戦士〈バーサーカー〉

アマリリスが狂戦士バーサーカーと呼んだ、ヴァルキュリアの戦闘用大型個体は、彼女がオシヨロフの森で遭遇した怪物、狼男ルゥ・ガル症を引き起こすタイプと近縁のコルジセファルス類を脳幹に寄生させ、

生長のために大量の栄養素を投与することで作出される。


コルジセファルスにより内分泌系を操作されたヴァルキュリアは、骨格と筋肉を指数的に発達させ、通常の3倍近い巨体となるうえ、多くの場合多脚・多腕を生じる。


その巨体と高い身体能力により、兵卒すなわち通常型の兵士との戦闘であれば、損耗比が1対50にも達する強力な戦力となりうるが、実用には2つの課題があった。


一つには、巨体がもたらす身体への負荷により内臓器官系の障害を生じやすく、極めて短命であることで、実戦投入可能な段階まで生育してから、平均6ヶ月程度しか生きられない。

そのため、狂戦士バーサーカーとして育成するために大量の栄養素を投資したにもかかわらず、それを十分に回収するよりも早く、

すなわち、戦士として真に実戦的な技倆を獲得し、発揮する間もほとんどないまま、減損に数えることになってしまう。


もう一つは、コルジセファルス寄生により、個体により程度の差はあるにせよ、精神障害を抱えることだった。

明瞭な意識を維持しているように見えても、その精神状態は不安定で、急に暴れだしたり、錯乱して逃走したりする。

それならまだいい方で、まともに意思疎通がとれず、敵味方の区別もなく攻撃を仕掛けたり、怯えきってずっと頭を抱え込んでうずくまっているような個体も少なくない。


このような有様では、戦場に投入しても混乱を引き起こすばかりで、狂戦士バーサーカーは、恐るべき戦闘能力を持っていながら、それ単体ではほとんど戦力にならないのである。

この2つの問題を解決するのが、「長手」と呼ばれる特殊兵の存在だった。

外見的には兵卒と変わるところはなく、その呼称はヴァルキュリア流の比喩だったが、長手は大型個体の遠隔操縦を行う能力を持っていた。



ヴァルキュリアはもともと、城砦の網樹モウジュと、同素材で作出された彼女たちの外骨格を媒介とした、遠隔意思疎通の能力を保持している。

それは、例えば人間の言語による会話に比べれば遥かに多くの情報、鮮明なイメージや詳細な作業指示を伝達することの出来るものではあったが、

言語による会話や指示と同様、あくまで情報伝達の手段であって、伝達された情報を解釈し行動に反映させるのは、当然ながら受け取り手となる個体に宿る意識である。


一方、長手による狂戦士バーサーカーの操縦は、ヴァルキュリア元来の遠隔意思疎通能力を基礎としつつ、対象の個体の意識を迂回して直接その身体を隷下れいかに置くという点で根本的に異なる。

原理的には、狂戦士バーサーカーの脳に寄生したコルジセファルスとの通信を介して、長手の脳と、操縦対象の大型個体の身体との間に仮想的な神経接続を確立することにより実現されていた。



長手との「接続」によって神経系に侵入された狂戦士バーサーカーの意識は身体から遮断され、以後接続が継続する間、その狂戦士バーサーカーの知覚は長手に転送され、身体は長手の意思を受けて、その腕や脚となって働く。

これにより、兵器としての狂戦士バーサーカーの身体と、その制御系となる精神を分離することが可能になった。


接続中は狂戦士バーサーカー自身の意識は身体から遮断されるため、不安定な精神の制御不可能な振る舞いの問題が解決する。

更に、狂戦士バーサーカーの身体そのものは、寿命や戦闘による損傷で失われても、その活動を通して習得した戦士としての技量や、戦場で得られた経験は長手の側に残る。

その長手を別の狂戦士バーサーカーと接続すれば、それが実戦未経験の個体であっても、即座に熟練の戦士として稼動させることが可能になる。


狂戦士バーサーカーは、高価な資材ではあるにせよ、基本的に短期で回転することが前提の消費材であるのに対し、

操縦者である長手は、狂戦士バーサーカー戦隊の要であり、慎重に保護し、個々の戦場の局面を超越して継承すべき旅団の無形財産だった。


その長手を、この風来の異族は2体も破壊した。

狂戦士バーサーカー投入戦の布陣の常として、長手たちは戦闘地点から距離を置いて、武装兵士に護衛されていたが、1体は彼自身が奇襲攻撃で切り裂き、

もう一体は、操縦を乗っ取った狂戦士バーサーカーを操り、護衛の兵士ごと叩き潰した。

その1体は、貴重な長手の中でも特に稀有な「双手」、一度に2体の狂戦士バーサーカーを操ることのできる熟練の操縦手だった。

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