第391話 徴発隊

トヌペカの母が協力要請を受けた時点では、その任務は白拍子ウパシクル――アマリリスが「ベラキュリア」と呼ぶヴァルキュリア旅団の、通常の収集活動の一つでしかなかった。


少数種の均質な素体から構成されるヴァルキュリアの旅団は、常に外部からの協力者を必要としている。

トヌペカの群族のような傭兵の場合もあれば、城砦や隧道の構築に利用する岩盤穿孔動物、運搬や乗用に使役する駄獣などその数は多岐に渡った。


目ぼしい獣や魔族が彼女たちのの支配域に入ればとりあえず襲撃をしかけ、うまく徴用できた相手に利用価値があれば徴用し、

そうでなければ食料として持ち帰るというのが、白拍子ウパシクルの生産活動のおよそ3分の1を占める徴発隊の任務だった。


白拍子ウパシクルの支配域の中枢である火山が噴火し、方々の施設で大きな被害が出ていたが、

むしろそのような状況であるからこそ、その日も徴発隊の小隊はツンドラの野へと探索に出向いていた。

第一の目標は、溶岩平原のどこかにいるはずの古代サイだった。


この珍しい群体は優れた戦闘能力を持ち、徴発隊が何度か遭遇していたが、いずれも手もなく撃退されていた。

探知機構も高度なものを備えていると推察され、その巨体にも関わらず、彼女たちの探索網に掛かることが滅多にない。

白拍子ウパシクルの仇敵である黒葛連シパシクル――アマリリスが「チェルナリア」と呼ぶ黒いヴァルキュリアの旅団も、粘り強く獲得を目指している形跡があり、戦況を大きく動かす可能性のある駒として、ぜひとも手に入れたい獲物だったのだ。


別働隊の一つが、広域を回遊中と思われるオオカミの群を発見した。

ヴァルキュリアの「袋」、周囲を崖に囲まれた行き止まりの谷に誘導するため、ユキヒツジの姿となったトヌペカの母が囮となって先導することになった。


オオカミという動物は総じて警戒心が強く、この手の罠には引っかからず、取り逃すことも多い。

しかしこの群はあっさりと囮に食いついてきた。


自分たちが獲物だとは露知らぬ獣たちが「袋」の奥まで入ったところで、大捕物が始まった。

袋の入り口の下に掘られた地下道から、ふいごに繋がれた蛇腹を抱えた白拍子ウパシクルが現れ、獲物に向かって火山ガスを吹きつける。

地形と気流に運ばれた有毒ガスが袋を満たし、身動きの取れなくなったオオカミに向けて、次々と投網が放たれる。

そこまでは、順調そのものだった。


古代サイの捕縛を想定して徴発隊に同行していた3体の羅刹パヨカスンテ、 ――アマリリスが「狂戦士バーサーカー」と呼ぶ、ヴァルキュリアの大型兵が突然、操縦者である「長手」の制御を離れて暴れはじめた。

それは、羅刹パヨカスンテには稀にある暴走事故ではなく、明確な意志を伴って操縦者たちに向けられた攻撃だった。


大混乱に陥る白拍子ウパシクルの徴発隊を、「袋」を囲む岩崖の上に逃れたトヌペカの母もあっけにとられて見ていた。

やがて、羅刹パヨカスンテの援護を受けたオオカミたちは一頭残らず逃走したが、

薄れゆく白煙の中から姿を現し、包囲した白拍子ウパシクルに両手を挙げて投降したのが、この人狼ヴルダラクだった。


その左右には、白拍子ウパシクルの兵であるはずの羅刹パヨカスンテが、悪意ある神に仕える魔獣のように控えていた。

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