第389話 やるせなき模倣

二人だけの世界――、

少なくともアマリリスの方は、今さら彼女を回収しに来た魔族以外のものが目に入らなくなっている二人を残し、

マフタルはそっとその場を離れた。



アマリリスと連れ立って歩いてきた廊下を、天涯孤独となった少年は一人、じっと足元を見据えたまま歩き続けた。

人が見れば、所謂そういう年代の若者が、思うに任せない他者の心へのやるせなさを抱え込んだ姿に見えたかも知れない。


”なんだよ、結局男は顔かよ、、ってそういうことでもないけど、

ムリとかムダとか言っといて、チュ、チューいっかいでデレデレって一体どんなビッチだよ、、ってそんなふうに考えるのは八つ当たりだけど、だけど、

バハールシタは命がけで君を守ったっていうのに・・・”


マフタルはふと足を止めた。


”守ったっていうのに”・・・だから?


そこから先の考えがかたちを結ばないのを、マフタルは結局自分は魔族であり、

人間の心の動きを模倣するにも、模倣は模倣だから限界があるのだろうと自分に納得づけた。


不完全な模倣により機能不全を起こし、ストレスを感じさせる自分の心にマフタルは苛立ったが、

その不完全さこそが完全な模倣であること、つまり本物の人間の心もちょうど同じように働くということは理解していなかった。



緑の箱庭に戻ったマフタルは、彼にしては乱暴な振る舞いだが、彼らしい芝居がかった振る舞いで、生い茂る茂みの上に仰向けに身を投げた。

案外に騒々しかったその物音に、例のキリエラ人の少女がびくっとして振り向くのを見て、悪いことをしたと思った。


律儀にもあれからずっと、もうひとりの少年と単調な会話を続けていたらしい。

夕暮れが近づく野外の残照を、透光地下茎植物リトープスがこの空間にも運び、少女の姿もまた、赤みがかった色彩の光に染め上げられていた。

その姿を眺めるうち、少年の心に穏やかながら沸々と、”他のものが目に入らない感覚”が充満していった。

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