第386話 骸棄階層〈カタコンベ〉

光と生の緑にあふれた空間から、地下本来の冷え冷えとした暗がりへと下っていった。

透光地下茎植物リトープスの明りは天井に細々とした列をなし、視界を確保できるだけの光量はあったが、うすれゆく光のそれだった。

しんと冷えた空気は、鼻につく、というよりも嗅覚が否応にも嗅ぎつけてしまうかび臭さを帯びている。


奇妙な獣の姿となった女の先導で緑の箱庭を横切り、壁のひだに同化していて知らなければ気づきにくいが、

特別に隠匿されているわけでもない、舞台袖のような通路をすり抜けて、地下へと続く隘路あいろを下っていった。

その小路は幻力マーヤーの森を走る谷沢のように、勾配もまちまちなら、不規則に蛇行するせいで、見通しが利かないうえに、どこに向かっているのか方角がまるでわからない。


一方で、前方に立ちはだかる左右の壁は岩盤ではなく、むしろ植物の茂みに近いもので構成されている。

風雨に倒されまいと張り巡らせたダケカンバの根のように、縦横に蔓延はびこり絡み合う蔓茎が抱き込んでいるのは、岩くれではなく生き物の骨、あるいはまだ骨になりきっていない骸、

シカかヤギ、あるいはアマリリスの知らない駄獣か、大小の動物と共に折り重なる、ベラキュリアの遺骸だった。

それは明らかに埋葬ではなく、打ち破れた甲冑もそのまま、五体もバラバラに無造作に積まれ、壊れた農具が打ち捨てられるように遺棄されたことが窺えた。


いずれの遺骸も死んでかなり時間が経っているように見えるが、ものによってはまだ顔かたちも見分けられ、相応の悪臭や腐敗からまぬかれているのは、

それらを包むように絡みついた蔓茎が、遺骸の肉の内部にまで根毛を這わせ、防腐作用をもつ成分もたらすとともにゆっくりと吸収していっているからだった。

そうやって吸い上げた栄養分によって蔓は、骸の手足に、緑青ろくしょうを思わせる不吉な色づかいの葉を茂らせ、頬骨やおとがいのうえに青や赤、紫がかった玉房状の花を咲かせていた。


相変わらずひどい湿気で、天井からひっきりなしに落ちてくる水滴に、遺骸も、絡みつくは葉も花もぐっしょりと濡れていた。

それは春の雨に濡れて花開く紫陽花アジサイの茂みに奇妙に似ていたが、個々に見ればもちろん、葉も花も似ても似つかない、外では見たこともない奇妙な形状のものだった。


「これも網樹モウジュだよ。。」


マフタルが囁くように言った。


「ここで吸い上げた栄養分を、上の農場の肥やしにしているんだよ、きっと。

やっぱり、この城砦全体が網樹を使って制御されてるに違いないと思うんだ。

ほぇ~~、すごいエコシステムだなぁ。」


「わかったからもうやめて、いま一生懸命記憶を消し去ろうとしてるんだから。

それに、古代獣の死体を箱舟にして旅してたあんた達だって相当に猟奇的なエコだよ。」

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