第384話 緑の箱庭#3

陽が傾いてきたのか、天井の嵌め込みシャンデリアの光の色が褪せ、幾分暗くなってきているように感じた。


さっきまでそこかしこで植物を収穫していたベラキュリアたちは、いつの間にか一人も姿が見えない。

あの通路から出ていったなら気づいたはずだけど。。。


一通り探し回ったが、他に出入り口らしきものは見当たらなかった。

”農場”は、柱もあれば壁の形も入り組んでいて、死角が多い。

どこかに抜け穴が隠されているんだろうけれど、見つけられる気はしなかった。

オオカミの毛皮さえ失わなければ、見つけるのはたやすいことだったろうに。。


期待を込めてオオカミたちを眺め回したが、アマリリスの盟友であるサンスポットすら、”伏せ”の姿勢で前脚の間に鼻先を突っ込んで動かず、

ベラキュリアの兵士が置いていった肉にも手をつけた形跡がない。

ダメだこりゃ。


ものは試しと通路を戻ってみたが、先程形成された岩の格子戸はそのままで、門番のベラキュリアの姿も消えていた。


さっきの少女と少年は、アマリリスたちとは距離を取って座り、二人で向かい合って、無言のまましきりに手を動かしている。

こういうのは見たことがある。

故郷ウィスタリアのアザレア市の街角、耳の不自由な人が会話するために、よく似た手話を用いていた。

そう言えばあのオバサンも、言葉がひどく不得手なようだった。


「キリエラ人て耳が聴こえないの?」


「そんなことはないと思う。

あの子も、こっち見ないけど君の声には気づいているよ。」


じゃあ何で?? と思うのはあたしが声で会話する文化の国で育ったからで、彼女たちにしてみれば「なんで声?」って感じなんだろうか。

ともあれ、言葉が通じない以上に、手話というのはお手上げだ。

魔族であるマフタルやベラキュリアとさえ会話が可能だというのに、この城砦にいる唯一の人間とは一切の意思疎通が不可能だということになる。


お手上げなりに物珍しさと、持て余した暇もあり、二人の”会話”を眺めていたアマリリスは、次第に妙な違和感を覚えはじめた。

なんでだろ? ちんぷんかんぷんなものに、違和感もなにもあるはずがないのに、、


やがてさっきの女も入ってきて、とびつくように近づいていった少女と手話での会話をはじめたとき、

アマリリスはそれまで感じていた違和感、不自然の正体におぼろげながら思い至った。


見れば少女は目まぐるしく両手を振り動かして母親に向かって「まくしたて」、

母親は辛抱強くそれにつき合ってやりつつも、鷹揚に「聞き流し」、ほとんどは片手だけの短い返事で娘の癇癪を「あしらって」いる。

意味は全くわからないが、そのことは”自然と”わかる。

ちょうど、聞いたことがない言語でも話しているのを聞いていれば、そういったことは理解できるように。


さっきまでの少女と少年の会話が不自然だったのは、あれは、少女が形作る手や指の形を少年が模倣していく繰り返しだったからだ。

まるでそれが会話ではなく、手話の出来ない者に基礎を教える課程であるかのように。

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