第383話 緑の箱庭#2

みどりの猫の前肢みたいな房が密生している小山から、マフタルが一房を折り取り、くんくん匂いを嗅いでから先端の方を齧り取った。


まず勝手にむしり取った時点でそこらにいるベラキュリアになにか言われると思ったが、意外に咎められる気配はない。

得体の知れない緑色の物体をポリポリ咀嚼する姿に最初は違和感が凄かったが、目を細めていれば、採りたての春野菜を賞味しているようにも見えなくはない。

そう思うと、故郷ウィスタリアの菜花の味が口の中に広がるようだった。


「おいしい?」


次第に一度に噛みとる量を増しながら、無言で食べ続けているマフタルに尋ねた。


「いや、どうだろ?

でも毒はなさそうだね。」


「そんだけがっついといて、何なんでしょその塩コメント。」


「えぇ? いやいや。

それなら君も食べてみりゃいいじゃない。」


確かに。

アマリリスはマフタルが食べているのと同じ、手触りからしてなんだかねばねばしている房を折り取り、おそるおそる口に運んだ。


当然だが、アブラナの苦味と爽やかな辛味とは違う、これまで食べたことのあるどんな植物とも似つかない味がした。

青臭さはあまりなく、独特の粘りけの中に仄かな甘みがあって、美味と言えないこともない。


結局二人してがっついていると、さっき通った入り口から二体のベラキュリアが現れ、アマリリスとマフタルの方へ向かってきた。

いよいよどやされるのかと思って身構えたが、ベラキュリアは持っていた、生肉を載せた盆を、アマリリスの足元に伏せっているオオカミたちの前に置き、回れ右して立ち去っていた。


これで少なくとも当面は、ベラキュリアが自分たちを生かしておくつもりなのがはっきりして、アマリリスは胸の中でガッツポーズを作った。

よし、次は反撃と脱走だ。


肉を運んできたベラキュリアと入れ替わりに、小柄な女の子が入ってきた。


背格好がファーベルに似ている、というのが第一の印象だった。

しかしファーベルの明るくひょうきん、時折静かにさみしげな(そういえば)柔和さとは違って、

困ったように眉根を寄せて上げた額や、きょろきょろと泳ぐ目は、かんしゃくを抱えた子供が、それを破裂させる相手の大人を探しているような様子にも見えた。


着ている長衣の幾何学的な文様や、その顔立ちから、あの長身の女の血縁だと気づいた。

へぇ。あのいけすかないオバサンにこんな娘がいるんだ。

こんな魔族の巣に住み着いて、なにやってるんだろ。


興味本位と、あの女に対する恨みつらみが入り混じる視線を感じ取ったか、少女はアマリリスの方を見ないままいっそう落ち着きをなくし、アマリリスは少なからず罪悪感を覚えた。


少女の背後から現れたのは、彼女よりもいっそう小柄な少女―― いや、少年か、、

白地に濃紺の柄が染め抜かれた長衣の上で、そのかわいらしい顔は、少女とは対照的に落ち着きはらっていて、どこか子どもらしからぬ超然とした雰囲気もある。


少女と、思い起こせばあの女も、帯の上から薄茶色の獣の毛皮を腰に締めていたが、少年の方は身につけていない。

女性特有のファッションなんだろうか。

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