第382話 緑の箱庭#1

狭い通路に差し込んでくるまばゆい光の中にでると、急に周囲が大きく開け、予想外の色彩の洪水が視界に飛び込んできた。


城砦の外は、峨々ががたる岩山に、万年雪の融水が流れ込む青白い沼、

火山灰の斜面に、打ち枯らしたようなヤナギランの葉とわずかな花が、渇いた風にたなびくばかりの寒々しさなのに、ここはまるで別世界だった。


視界を埋め尽くしたのは一面のみどり、それも、幻力マーヤーの森の鮮烈な芽吹きの色ではなく、

長い時間をかけて塗り重ねられてきたことがうかがえる、柔らかく穏やかな深緑を基調とした色彩が、地下神殿を思わせる広い空間を埋め尽くしていた。


なだらかな起伏を描く床からは、茎や葉を備えた、アマリリスが見覚えのある植物も生え、所々茂みを作りもしていたが、

それらの間を埋めるマットレスは、毛足の長い緑色の獣の背だったり、緑の大魚の不定形な鱗の重なりだったり、濃緑の花弁を持つ無数の花の集合、萌黄色の鈴を連ねた緑青ろくしょういろのテヅルモヅルの渦巻きといったもので、

頭上からの光が、それらの上に大小の光の円を落とし、不規則に重なり合う明暗の水玉模様を描いている。


建物の中なのに日の光が届く――

不思議に思って見上げた天井は、この空間を地下神殿らしく仕立てている幾本もの柱を中心にして、枝分かれしながら八方に広がる、根とも葉脈ともつかない蔓が張り巡らされ、

ちょうど木漏れ日のように、その隙間から無数の光の粒が覗いていた。


光点の密度には濃淡があり、多くの蔓が集まる柱の付近の天井にはまばらだが、柱から離れるにつれて数が増え、

周囲の柱からの距離が均等となる開けた天井には、壮麗なシャンデリア、あるいは森の梢を透かして仰ぐ太陽にも見えるほどの光が集まり、その下の床に明るい光を落としているのだった。


アマリリスには想像もつかなかったが、無数の光の粒の正体は、城砦の外壁や母体の火山の山肌にやっと顔を出している多肉植物リトープスの根の先端であり、

光透過率の高い維管束を地中深く伸ばし、地上で採り入れた陽光をこの地下空間に運んでいた。


トワトワトはもちろん、陽光と花々にあふれる故郷ウィスタリアの農園でも、コルムバリアのオアシス、

絵葉書でしか知らない遠い熱帯のジャングルも、このような景観と似通ったところがあるようには思えない。

まるで、宇宙空間をくぐってよその惑星の植物の世界に迷い込んだかのような感覚にとらわれるが、

より身近なものになぞらえるなら、鬱蒼と茂る森、幻力マーヤーの森のような大森林をはるか上空から見下ろした眺めを再現した、緑の箱庭のように見ることもできた。


まったく自然に出来上がった環境ではないようで、床に這わせた蛇腹のダクトが、湯気とともに地熱で温められた空気を運んでくる。

そのおかげで室内は蒸し暑いほどで、天井で結露した水滴が頻繁に植物の上に降り注いでくる。


例の、奇妙なラクダのような動物が放し飼いにされていて、象のような長い鼻で植物をむしり取り、口に運んでいる。

小柄な背に大きな籠を背負ったベラキュリアの兵卒が数人立ち働き、畑の青菜を摘むように、ひとところからは少しづつ、植物をちぎり取って籠に運んでいる。

どうやらここは、彼女たちの農場のようだった。

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