第381話 城砦の網樹

ここがあたしたちを閉じ込めておく牢獄なんだろうか?

それにしては、、


アーチをくぐったあたりは暗くて周りの様子が分かりにくいが、通路は狭まりつつも続いており、奥からは光が漏れてきている。

そして監禁するための扉や檻がどこかに収められているようには見えない。


アマリリスは不思議な思いで、通ってきた通路を振り返った。



それは見ていても気づきにくい、視界の周縁部で始まった。

入り口の両側の暗い壁面が、何かの錯覚かと思ったぐらいの微妙さでさわさわとうごめいたかと思うと、

岩石の枝が音もなく、空中の目に見えない葉脈をなぞるように伸びてきて絡み合い、みるみるうちに現実の壁が形成された。


アマリリスは吸い寄せられるようにそれに近づいて手を伸ばし、触れる直前で躊躇して引っ込めた。

固着してしまうと、まるで最初からそこにあったもののようにぴくりとも動かない。

その隔壁――、網目状の岩石で形成された檻、ないし開扉の手段がない格子戸越しに、

アマリリスたちを連行してきたベラキュリアのガラスの瞳が、隔壁が形成される前から微動だにもせず、こちらを監視していた。



マフタルが引き返してきて、しげしげと眺めた後に岩の格子に触れ、さらに感触を確かめるように表面を撫でた。


「・・・・・!」


「何? どしたの?」


マフタルの反応に不安をかき立てられ、急き込んで尋ねたアマリリスの耳に、マフタルは声を潜めて囁いた。


「これ、網樹モウジュだよ。」


網樹モウジュって、、あんたたちのデカブツにこびりついてたアレ?」


マフタルはアマリリスの囁き声を更に抑え込もうとするかのように、小さくしきりにうなづきつつ、周囲の壁や天井を見回した。

その視線にはさっきまでの、単純に城砦の造形に感嘆していたのとは違う注意が払われているように思えた。


古代サイの組織を形作っていた流動形質魔族と、同じものがヴァルキュリアの城砦に住み着いている、というのは意外な気もしたが、

異界では意外なことが多すぎて、そういうものかと思って納得することもできる。


正体が分かってアマリリスはかえって安心して、その無骨ながら繊細な造形に自分でも触ってみた。


「これが網樹?

まるきり岩じゃん。」


それも、きめ細かな粒子が集まってできた類の岩ではなく、粗いれきを無理やり押し固めたようなゴツゴツした質感だ。


「ほとんどはただの石くれで、砂つぶの間にうすーく網樹が混じりこんでるんだ。

まじか~~、ヴァルキュリアの巣に網樹がいるとは予想外。」


「・・・網樹がいると何かまずいことがあるわけ?」


「いや、別にそんなことはないけど?


でもどこまで網樹が染み込んでるんだろ。

このドアの周りだけってことはないだろうし、もしかして城砦全体、、?」


相変わらず掴みどころのない、イライラさせられる会話だ。


――そういえばこの服も網樹モウジュ製か。


アマリリスは、身体を覆っている緑色のチュニックの胸元にそっと触れた。

服地よりも幾分固い質感の襟の、赤い光沢を帯びた縁取りが、鎖骨の窪みのところに集まり、ペンダントのような涙型の模様を形作っていた。


今や閉ざされた通路の向こうにいるベラキュリアたちが動く気配はない。

アマリリスは光の漏れてくる方を振り返り、魔族の城砦の更に奥へと進んでいった。

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