巨大城砦の俘虜

第379話 異能者の凱旋

巨竜の胎内をゆくようなうねる廊下を、トヌペカのユクはヤコウタケの通路灯を頼りに足早に進んでいった。


やがて前方の広間に、天井に顔を出した透光地下茎植物リトープスの根塊が落とす、まばゆい光の輪の中に立つ娘ともう一人の姿を見つけて、内心安堵の息をいた。


新たな捕虜を連行する小隊に同行することになった母と別れ、一足先に「二人で」城砦に帰還するというなかなか度胸を要する試練を、

あのトヌペカが気丈にもやり遂げたのかと思うと、喜びと愛おしさがこみ上げてきた。


しかしその感慨は、まばゆく照らし出された二人の、背後の暗がりから出現した巨体によって、凍りつくような疑心へと形を変えた。


アマリリスの呼称は狂戦士バーサーカーであり、トヌペカの群族は羅刹パヨカスンテと呼ぶ、異形の巨躯戦闘兵と、トヌペカの母は、

大勢の白拍子ウパシクル――アマリリスの呼び方ではベラキュリア――が居並ぶ広間の中央で対峙することになった。


4本の腕に均整の崩れた3つの目という異形に加え、その巨躯兵の姿形は、彼の背後に続いて現れた5体と比べても異様だった。

身を覆う外骨格は打撃や斬撃による損傷だらけ、返り血や煤によって汚れ、今にも腕やどこかの装甲がもげて落ちそうな、破天荒に粗暴な雰囲気があった。


しかしその見かけのみすぼらしさは、戦闘で受けた攻撃によるものではないし、彼が、付き従う白拍子ウパシクル本来の巨躯兵たちより多くの戦果を挙げてきたであろうことも、トヌペカの母はわかっていた。


5体の巨躯兵が彼を追い抜き、広間につながる6つの通路の一つに消えてゆくと、その不吉な巨骸は四臂を床につき、トヌペカの母に対してかしづくように身を屈めた。

その巨大な頭部が、肩甲骨のあたりからもげるようにしてずり落ち、蛇紋岩の床にぶつかって鈍い音を立てる。

巨体の背に空いた穴から、例の「異能者」が半身を起こした。



軟体生物の触手のようにまとわりつく巨躯兵の肉を引き剥がし、慣れた足取りで床に降りてきた相手を、トヌペカの母が出迎える格好になった。


「こちらは上々。

そちらの首尾はどうだった。」


巨躯兵の体液で濡れた紫紺の髪を異形の左手で掻き上げつつ、魔族は尋ねた。


満足な意思疎通は出来ない相手だと分かっているだろうに、なぜこちらに話を振ってくるのか――

内心の動揺はおくびにも出さずに、自分に向けられた金色の目をしらじらと受け流し、

しかしトヌペカの母は今度は、先程の奇妙な人間の娘を検分したときほど超然としてはいられなかった。


「貴君の勧告を踏まえ、善きに計らえり。

先頃、第7培養蔵への収容が完了せし由。」


白拍子ウパシクルの兵長が引き取って答えた。

今朝までは「貴下」だった呼称が、自分と同じ「貴君」に格上げされていることにユクは気づいた。

魔族の集団である白拍子ウパシクルにおいて、この手の作法は呼びかける相手への敬意ではなく、対象への評価を構成員に示し共有するためにある。

トヌペカの母が度重なる労力を払って獲得した信用を、この魔族はたった一回の出撃で築いてしまったわけだ。


異界に生きる群族の長として、魔族のことは、その侮りがたさも含めて熟知しているはずのトヌペカの母も、この人狼ヴルダラクの異能は自分の理解を超えていると認めざるを得なかった。


「明朝の攻勢について検討すべく、長手衆が戦略の間に集合せり。

戦闘の要として貴君らにも出席を要請する次第。」


白拍子ウパシクルの司令官が、今度はトヌペカの母を見て言った。


無表情に引き結ばれた唇で必死に訴えかけてくるトヌペカを振り切るようにして、ユクは異能の魔族と連れ立って広間を後にした。

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