第376話 人類史上誰も

5頭のオオカミたちもみな捕まり、一頭につきベラキュリア歩兵数人がかりで担いで運ばれてきた。


ひとところに集められ、無造作に横たえられた仲間をアマリリスは悲痛な思いで見つめ、サンスポットのそばにひざまづいた。


彼らに投げかけられた投網は明らかに、ただの死んだ繊維を編んだだけのものではなく、

特殊な仕掛けを施された素材、あるいはそれ自体が禍々しい生物であるようだった。


今やそれは網目の形状の痕跡だけ残して形を変え、

樹皮の裂け目から滴り出てねばねばと糸を引く樹脂の流れ、

あるいは、能動的に姿を変え、食物となる朽木を包み込んで消化してゆくある種の菌類のように、銀色の粘液となってオオカミの房々とした毛並みに潜り込み、びっしりと絡みつき、小刻みに蠕動していた。


得体の知れない物質を避けて、サンスポットのたてがみにそっと触れると、耳と尻尾をパタパタ動かし、地面に触れていない脚裏で空を掻く動きを見せるが、立ち上がることは出来ない。

こんな泥みたいな物体の物理的な拘束力だけで、オオカミがこうもぐったりと身動きが取れなくなるわけがなかった。

生き物の身体を麻痺させる毒が仕込まれているのか。

アマリリスは唇を噛んだ。


すぐそばに気配を感じて顔を上げると、あの長身の女がアマリリスの肩越しにサンスポットを見下ろしていた。

アマリリスの威嚇するようでもあり、縋るようでもある視線をかわして、女はぶらぶらとアフロジオンのほうに歩いていった。


群れ一番の暴れん坊はサンスポットよりも気骨を見せて、頭をわずかに地面から持ち上げ、牙を剝いて唸り声を上げさえした。


すると女は手にしていた杖で、身動きの出来ないアフロジオンの足裏、露出した柔らかな肉球をぴしりと打ち据えた。

キャン、とオオカミからは聞いたこともない哀れっぽい悲鳴が上がる。


「!!කඔඞඅකඋසඔබබඅーーー!

සඉනඑඒーーーーーーーーー!!!!!」


言葉にならない怒りというものを、アマリリスは自分の声として初めて聞いた。

まるで獣の吠え声そのものだった。

その剣幕のまま、アマリリスは女に突っかかっていった。


周囲にいたヴァルキュリアが慌てふためき、アマリリスに群がる。

一体自分のどこにこんな馬鹿力を隠していたのかと思うような猛突進で立ちはだかったヴァルキュリアを2,3人跳ね飛ばし、

彼女たちがようやくアマリリスを止めたのは女の鼻先だった。


アマリリスよりも頭半分背の高い女は、その瞬間こそ驚きに目を見開いたが、すぐさまあのイヤな高圧的な目つきに戻ると、

幾人ものヴァルキュリアに羽交い締めにされ、今にもその両眼から翠嵐の炎を吐いて相手を焼き殺そうとするかのように女を睨みつけ、歯ぎしりをしているアマリリスを見下げ、ここぞとばかりに鼻で笑ってみせた。


だが、護衛のヴァルキュリアが剣を抜こうとするのは制し、アマリリスを解放するように命じた。




包囲の陣形が解かれ、アマリリスとマフタルは、彼女たちの監視役に就いた兵士に促され、ツンドラの野の先へと徒歩で移動を始めた。


長身の女は、もうこちらを見てすらいなかった。


こんのババァ。(あ、言っちゃった)

ぜっってぇーゆるさねぇ、この屈辱と怨恨は、人類史上誰も考えつかなかった陰険な方法で百倍返しにしてやる。

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