第375話 白の包囲戦

周囲で目に入った限り、マフタル以外は全員女だったとはいえ、これでようやく自分に向けられる視線への心理的防御力を取り戻したアマリリスは、

怒りに燃える目で、自分たちを取り囲む集団を睨みつけた。


白い外骨格の鎧に身を包んだ少女たち。

目鼻の整った顔立ちは、今朝、弔いもなく残してきたチェルナリアの少女にもよく似ていた。

ガラスのような薄青の瞳に、きゅっと引き結ばれた血の気のうすい唇、ボレアシアの陶器人形を連想させる肌。


その顔つきは、獲物を待ち構えるはえなわのような俊敏な知性は感じるというのに、

血のぬくもりを感じないというか、骸となった時よりもかえって非生物的な感じがする。

全く同じ顔、同じ表情を少女たちが、三叉の矛を構え、アマリリスとマフタルを隙間なく包囲していた。


かつて人間同士の戦場で、やはり敵軍に完全包囲され、迫り来る破滅の足音を聞いていたことのあるアマリリスだったが、

あの時は結局最後まで、相手の攻撃そのものは、彼女まで届くことなく遠ざけられていた。


武器を向けて押し寄せてくる相手に直に接するというのは、こんな気分なのか――。


コルジセファルスの怪物からファーベルやヘリアンサスを護ろうとした時と同じく、アマリリスの心は恐怖を完全に忘れ、

彼女を含めて行き場のない、多くの者を受け入れてくれていた住み処をめちゃくちゃにされ、大切な仲間を殺された怒りの炎に燃え上がっていた。

それほど強そうには見えない敵に回し蹴りでも入れて、武器を奪ってこの場にいる全員を叩き殺してやろうか。


実際にそんな立ち回りを演じずに済んだのは幸運だった。

ベラキュリアの円陣の後ろから、一人だけ頭二つ分ぐらい突き抜けている女が近づいてきて、アマリリスも含めてその場の空気が変わった。


一見して、アマリリスもその女が気になってはいた。

側まで来ると、小柄なヴァルキュリアとの対照を差し置いてもかなりの長身で、アマリリスでもやや見上げるようだった。


黒地に白糸で幾何学的な文様の刺繍が施された長い衣をまとい、腰は帯の代わりに、褐色の獣の毛皮で締めている。

衣と同じ柄の頭巾で束ねた長い髪は漆黒で、浅黒い肌に太い眉、鷹を思わせる鋭い眼光。


所作はきびきびとして無駄がないが、若い女ではない。

よく見れば漆黒の髪にも白いものが混じり、肌艶も、彼女が過ごしたであろう辛苦の年月を物語っている。

それが一種の凄みとなって、彼女の容貌の美しさを引き立てていた。


一見して、もちろんベラキュリアではないし、魔族ではない。

異界の旅で出会うことがあるとは予想していなかった人間の女もまた、きらめく翠玉の瞳に、あやかしの衣で身を覆った娘をしげしげと眺めていた。


このBB、、女の方は、あたしが人間か魔族か判断に困っているのだろうか?


もちろんそんなことはないだろうし、女の探るような視線には、別の目的があった。

やがて女は、幾分険しさの和らいだ視線を改めてアマリリスの瞳に向けて言った。


ぇこソ、カノぅ異能ぅ者、称ぅゼシ君ゃ?

赤ぇ女ぉ王ぬ、片ぅ割ぃ、タづさぇしと。」


「・・・」


「・・・ぁ、シぐトぅ・とホぉりけルゃ?

ぇ・そモ、何処いづクぅ・ヨリ、いたりけルゃ。」


どうしよう、、ヘリアンの読解力じゃないけど、5%ぐらいしか言ってることわからない。

ラフレシア語のようだが、かなり特殊な方言なのか。

その上、どこか耳の聞こえない人がしゃべっているようなぎこちなさがある。


女も諦めたようで、馬ともラクダともつかない、奇妙な駒に乗った兵士を振り返って促した。

つるりとしたヘルメット状の兜の面頬を下ろしたまま、兵士は壊れた釜の中に響くような声で尋ねてきた。


「私/我々は探索せり、赤の女王を保有せし者を

軍師殿は申す、其方なりと。相違なしや」


こいつもか。。

でも言ってることはわかる。


「ぜんっぜん。

赤の他人の人違い。」


女と騎乗兵は、アマリリスの返答に心を動かされた様子もなく、アマリリスにはもはや聞き取れないやり取りでなにか話してる。


「ねぇ」


女は振り向かない。


「おい、、、って、聞けよ!!

なんでこんなむごいことをするわけ!?

この間あたしたちを襲ったのもあんたたちなの?


アマロックは、どこ・・・?」


女はようやく騎兵との話をやめ、アマリリスを見た。

その目に浮かんだ軽い驚きは、一拍置いて、鼻でせせら笑うような調子にかわり、

同時に現れた、年長者が年若いものを見下す時に特有の狡猾と意地の悪さを読み取って、アマリリスはかっと顔面に熱が集中するのを感じた。

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