第372話 紅蓮 #1

アマリリスを乗り込ませるため、危険な状況下で活動停止していた古代獣が息を吹き返した。

隆椎の接合部が閉じてゆき、強大な角が天をいてそびえ立つ。


勝手がわからず、乗り込み口でじたばたしていたアマリリスは、サイの鎧皮に足を挟まれそうになりながら、

すんでのところでその体内に転げ込んだ。


”くっさ!”


サイの肉の臭いか、ひしめき合う居住者の獣たちの体臭なのか、えたような臭いが鼻をつく。

アマリリスにのしかかられた小動物が怒って引っ掻いてくる。


「くさい!暗いせまい痛いってば、

って、どこ触ってんのよッ!!」


操縦席でもあるサイの頸部から、胴体の客室に誘導しようとした誰かの手に、アマリリスは渾身の肘鉄を食らわせた。


「痛って!わかったから早くそこどいて、もうそこまで来てるから、、」


「だーーから尻つかむなっつってーーー」


異性と肌の触れ合う感覚で思い出したこと、身の毛もよだつ恐怖があった。


「戻って!下ろして、あたしの毛皮ーー!!!」


「ムリだってば!暴れないで、バヒーバ、押さえといて。」


アマリリスの掌底や膝蹴りを受けながら、ようやく少年達は鎖骨の奥の体腔に彼女を押し込んだ。


肩甲骨の後ろにできた裂け目から、外が見える。

脱ぎ捨てて来た自分の半身を見つけようと伸び上がったアマリリスの目前まで、何頭もの巨体の怪物が多腕を振り上げて迫っていた。



一度に5体の怪物に掴みかかられてもなお、サイはその強大な推力と重量を傾けて進み続けたが、目に見えて速度が落ちていった。

頭部に取り付いた怪物が多腕を振るい、サイの頭に立て続けに拳を叩き込む。

頑強な頭骨を覆っていた皮膚とともに、こめかみにあった花弁状の音波発生器官、反響定位のための装置が剥がれ落ちた。

サイの体内に網状に広がった無定形魔族組織を通して、その器官から外界の情報を受け取っていたマフタルらは、視覚を失った。


音と触覚を頼りになおも逃れようとする古代サイに引きずられつつ、大型兵は攻撃の手を緩めない。

体表を覆う赤銅の毛を毟り取り、鎧皮に空いた穴に腕を突っ込んで中にいた小動物を引きずり出した。

しかしサイの骨格や鎧皮は頑強で、彼らの打撃でも歪ませることが出来ない。


古代サイが背の刺胞を放つ。チェルナリアの兵卒相手には十分に有効だったその武器も、巨躯兵の巨体に対しては針で突いたほどの痛痒でしかない。


膠着に陥った両者に、5体の兵卒が駆け寄ってきた。

いずれも、胸と腹が異様に前にせり出した、妊婦のような体型をしている。

前屈みでその重みを支えるような姿勢で、異形の突撃兵はもつれ合う巨人の足元をかいくぐってサイの腹の下に潜り込んでいった。


うち2体は暴れ狂う古代サイに踏み潰され、3体が、その腹を押し付けるようにしてサイの体に取り付いた。

それに続いて、執拗にしがみついていた巨躯兵が一斉に古代サイから離れる。


「危ない!」


少年の一人が、アマリリスを抱きすくめて押し倒した。

次の瞬間、凄まじい炸裂音と共に、サイの巨体は火柱に包まれた。

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