第368話 網樹知覚域前候

古代サイの体からマフタル達が出てきて、周囲に倒れたヴァルキュリアの死体を確認してから、何か話し合っているようだった。

やがてオオカミたちも戻ってきた。

なおもしばらく様子を見てから、アマリリスは丘を下っていった。


アマリリスが近づいてくるのに気づいて、3人は会話を止め、心配そうにこちらを見てくる。

チングルマの茂みの上に仰向けに倒れている数体の骸の側で足を止め、やがて腰を下ろし、

アマリリスはようやくはっきりと目にする女戦士ヴァルキュリアの姿を見つめた。


黒い外骨格で身を覆い、息絶えた今も長柄の武器を離さない戦士、なのだけれど、

横たわっていても明らかにその姿は、アマリリスより華奢で小柄だった。

手甲に脛当て、肩当てに、首まわりを固める硬質なコルセット様のパーツは武装らしいが、

胸甲に覆われた細い胴と、腰の周りからスカート状に広がる外骨格の房、しなやかな手足の輪郭といった全体のフォルムはむしろ、一風変わった舞台衣装に身を包んだ踊り子のような印象を与える。


古代サイの刺胞に貫かれた腹部の外骨格の裂け目からは、惨たらしく抉られた傷口以上に、白い肌と、子供っぽい臍が覗いているのが痛々しい。

額から側頭部を覆うティアラ型の兜の下の顔は、紛れもない少女の容貌だった。


女戦士っていったら、筋肉ムキムキで大きな剣にビキニアーマー、というのをイメージしてたけど、、

いや、それはヴァルキュリアというよりアマゾニスか。


見た目はどうあれ魔族であり、自分から武器をふるって襲ってきて倒された張本人ではあるのだが、

こうして骸となって倒れている姿には、痛ましさを感じずにはいられなかった。

彼女たちの命を奪った、幾筋もの刺胞は外見からはその外骨格に小さな刺し傷を穿っただけで、

ツンドラの野に吸い込まれてしまったか、血液すらほとんど流れていなかった。


それも余計に哀れに思われ、無慈悲に彼女たちを殺したマフタルたちをアマリリスは少し恨んだ。



それからしばらく、マフタルたちは3人でひそひそと喋り続けていた。

蒼暗い靄の向こうから朝日の兆しが現れるころ、マフタルがやってきて言った。


「これをキミに伝えるのは、ボクもつらくて、身を裂かれる思いだよ、美しいジェーブシカお嬢様。」


「そういうのいいから。何?」


毛を逆立てて威嚇するハリネズミのようなアマリリスの言葉に出鼻を挫かれたマフタルの後を継いで、バハールシタが答えた。


「イノシシのもうしんどんは、ボクらに触ろうとして、白の網樹が腕を伸ばして来る臭いを嗅いだって言ってる。

コウモリのかはぼりっちは、ボクらを見つけようとして、黒の網樹が目玉を動かしてるのが聞こえたって言ってる。」


「・・・」


何を言ってる?


バハールシタと話が噛み合わないのは今に始まったことではないが、その口調には、どこか背筋がひやりとする感じがあった。


「白、黒、、って、女戦士ヴァルキュリアのこと?

探してるって、もうバッチリ見つかってんじゃんか、あんたたちが刺し殺したこの子達が、チェルナリアなんでしょ?」


さっきの戦いを見る限り、ヴァルキュリアが束になって襲ってきたところで、古代サイの敵ではない。

それに、ヴァルキュリアと交戦するのもこれが初めてではないと、世間話のような軽口を叩いていたのに。


バハールシタはなぜか、自信なさそうに俯き、考え込むようなそぶりを見せた。

やがて少し視線をあげ、けれど依然アマリリスとは目を合わさずに答えた。


「そういうわけじゃないみたいだ。

僕らがいるのは気づいてるけど、どこにいるのか分からなくて、探してる。ってことみたい。」


バハールシタの言葉が、アマリリスは怖くなってきた。

チェルナリアの兵隊なんかじゃない何者かが、自分たちを見つけようとして探索している。

正体の分からない相手に窃視される感覚のおぞましさに、アマリリスは二の腕を掻きむしって身震いした。


「”みたい”!?

そんな大事なこと”みたい”で済むかよ、はっきりしてよ。」


「ボクらはココを脱出する

覆い尽くされる前に、この場所が黒と白の網樹の根によって」


上から目線の嘆願に対する、バハールシタの珍しく魔族らしい拒絶に、アマリリスは言葉を失った。

その様子を憐れに思ったのだろうか、マフタルがとりなしてきた。


「キミたちも一緒に来るかい、オオカミのジェーブシカ。

ボクたちと一緒にいたほうが、ヤツらも手出しをしてこないと思うけれど。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る