第365話 地の果ての嫁

さてはて。

それで、これからどうしよう。

ほんとにどうしたいんだろう、あたしは。


「はぁ。。。」


アマリリスは古代サイの鼻面、双つの角の間にどっかと腰を下ろし、頬杖をついた。

マフタルたちが主人の命令を待ち受ける奴隷のように、アマリリスの側に集まってきた。


こうやって見ると、3人の中ではマフタルが一番背が低い。

態度がデカイというか、存在感がうっとおしくてもっと大きいような気がしていた。

バヒーバは背が高く、肩幅もあって頼もしい。

こうして3人並んでいるだけで引っ込み思案とわかるバハールシタは、意外に上背があるくせに華奢でなよなよしててカワイイ。


「・・・もう、ここであんたらと、地の果ての嫁とかやるしかないのかな。。。」


「え゛ぇっ」


マフタルの、心底意表を突かれたという反応にカチンと来た。


「ホンキにしてんなよ。

ありえねーだろ、ぶぁか」


そう言い捨てると、アマリリスはくるりと背を向けて立ち上がり、天を衝いてそびえる角の前を回って、小山のような獣の巨躯の向こう側に引っ込んでしまった。


取り残された3人は揃って顔を見合わせた。


マフ:「・・なに今の? ツンデレ属性発動っぽく見えたの僕だけ?」


バヒ:「まさかの地の果てにキたチャンスじゃない?

いっとけ、マフタル。」


マフ:「え、僕??

僕はちょっと、まだ彼女に対して気持ちが作りきれてないというか、、」


バヒ:「まったく、そのキャラ設定でそういうこと言うのな君は。」


マフ:「なっ、、そ、そんなに言うなら強面キャラとしてバヒーバ行ってきなよ。。」


バヒ:「僕は知っての通り、妹属性萌えだから、彼女みたいなキレイなお姉さん系はパス。

それにあれ、ツンデレとは限らないよ?

本人は最低の自虐ネタのつもりで言っただけで、うっかり攻めようものならぶちのめされるかも。」


マフ:「それ分かってて人をけしかけるのかよ!」


バハールシタ:「僕が行く」


マフ・バヒ:「え゛!?」



天を衝いて聳える角の前を回って近づくと、アマリリスは巨獣の後脚のそばに座り込み、両腕で抱えた膝に額を預けていた。


近づいてくるバハールシタの気配に気づいて、アマリリスは膝から額を浮かせたが、顔は上げなかった。

バハールシタは小さな咳払いをひとつしてからなにか喋りはじめた。


”Зфν,...... σвч...рюη.. й............


当然ラフレシア語で話しかけてくると思っているから、何を言っているのか聞き取れない。

なのに、胸が引き裂かれるような、、は大げさでも、遠く別れた人の消息を聞いた時のような、喜びと哀切の半ばする衝撃が心に走った。


アマリリスは顔を上げた。

その優美な眉は苦悩に歪み、睫毛は涙に濡れていたが、

いっそう大きく見開かれたみどりの瞳は、まっすぐにバハールシタを見つめていた。


『たどり着く・・・リル』


ようやく言葉が意味を伴って耳に届き、脳幹がぞわりとする感覚が走った。


『は、、、ぁ? あんた、今、何て・・・』


久しぶりに口にする母国語は、その期間に錆びついたかのようにひどくしわがれていた。


『出る、はリル、、旅は長く、世界の果てより、、〓;@:#&%***』


次第になめらかになっていくように思えたバハールシタのウィスタリア語は、

急に、ふとしたほころびから乱れてばらばらに崩れてしまう演奏のように、何を言っているのかわからない吃音となって崩れていった。


「ふぅ」


「・・・」


「ごめんね、イケるかと思ったんだけど。

僕、、あんまりこういうの慣れてなくて。」


「・・・はぁ。」


「ラフレシア語を覚えたときは、夏のトナカイ狩りに来ていた猟師のところの、小さな女の子だったんだ。

僕らも小さかったから、すぐに僕ら3人の間のお姫様になって、

いつの間にか話せるようになってたけど、どんなだったか、よく思い出せないんだ。」


・・・何の話?


「はじめてなんだ、こんな気持ちになったのは。

まだ自信ないけど、きっと、君の言葉を話せるようになりたいと思ってる。」




夕食はまたマフタルたちにご馳走になり、白夜の薄明りの中をアマリリスはオオカミたちが屯する丘に登ってきた。


頭からオオカミの皮を被り、人間がオオカミに化けようと下手な変装をしたみたいになっているアマリリスに、

サンスポットは丸まってふさふさの尾で鼻面を隠した格好のまま、片目を薄く開き、耳をわずかに動かした。


「・・・何よ。」


何でもない、と言わんばかりに、サンスポットは更に深く尾に鼻先を埋め、目を閉じた。


夜の闇が訪れ、星が瞬く時間になっても、アマリリスはその夜なかなか寝つけなかった。

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