第358話 古代犀由緒記#1

それからも道すがら、バハールシタは巨獣の旅の日々のことを話してくれた。

それはこの巨獣が現在の姿形を得た後に限っても、その遍歴のほんの末筆の部分だったが、無理からぬことでもあった。


この古代サイのむくろは、もとはトワトワトの北方、レウカンタ岬付近の永久氷層の中で数万年を過ごした後、

200年ほど前に、付近を流れる気まぐれな河川の流路変更よって掘り出されたものだ。

その時点ではただの氷づけの死骸に過ぎなかったが、そこに流動形質型の魔族が住みつき、

サイの肉を食べて置き換えながらコロニーを形成していった。


網目状の群体がサイの体内にある程度行き渡ったところで、流動型魔族は、サイの組織を摂食して獲得した生体旋律を用いて、サイの生体機能の一部を再現し、見かけ上復活させた。

半ば以上の骸として、太古の生前からはずいぶん様変わりしたとも、あまり変わっていないとも言える荒野への旅が始まり、

その道すがら、大小出自も様々な魔族が群体に加わり、或いは離脱をくりかえして現在に至る。


だから、死んだサイが生き返ったわけではないし、

サイの形をしたこれを、生き物と呼べるのかといえば難しく、

実際のところ、生前の古代サイの生体機能の一部しか実現していない。

その一方で、元の身体にはなかった器官の増築や、改造も施されていた。


たとえば、生殖に関わる機能は――古代サイが絶滅動物であり、繁殖のつがいとなる相手が現存しない、という事情は別にしても――「入居者」にとっては無用の機能だったため、早い時期に取り除かれている。


脳をはじめ、神経系統は機能しておらず、感覚も運動制御も、魔族由来の組織が担っている。

感覚器もまた、それに長けた生体旋律を持つ個体の器官で置き換えられている。

嗅覚はイノシシ、聴覚はフクロウのものだ。

視覚は失われたままで、かわりに高周波音による反響定位を行う。

そのための音波発生器官が肩の上に、反響捕捉用の集音器官が、聴覚器官としての耳とは別に、こめかみあたりに作出していた。


草や木の葉を食べて消化する機能は残していたが、消化器はより栄養素吸収効率の良い、アカシカの旋律から生成したものに置き換えられている。

その他にも幾つかの内臓が除去ないし他生物由来の旋律で置換されており、もともとのサイの組織が残っているのは、全体の半分程度だった。


一方で体内の空いたスペースは、群体を構成する魔族や、群体とは関係なく、単に居住空間として住み着いている普通の動物たちの避難場所や、産卵や育児のスペースとして人気が高く、常に奪い合いの状態になっている。

何しろこの巨獣は、鉄壁の防護を誇る移動要塞でもあるのだ。


トワトワトのみならずこの惑星の現生の生物で、この古代獣を襲おうなどと考えるものはまずいない。

巨大な体躯だけでも防衛力としては十分だが、鼻面には二本の角を備え、その長い方は2メートル近くもあるのだ。

最大級の虎やヒグマでさえ、その一振りで串刺しだろう。

更には、脊椎に沿って裸鰓類の形態をもつ魔族が定着しており、小回りの利かない巨体の側面や背後を襲うものがあれば、猛毒の刺突器を繰り出して撃退する事ができた。


目的地を持たない船であり、無秩序な改装が繰り返される建築物のように、

無敵の巨獣は時を超え、その時々で、生体器官の構成要素や生活様式を取り替えながら、あてのない放浪を続けてきた。


再生の地である大陸本土の北極圏から、寒帯林、内陸ステップを百数十年。

マフタル、バヒーバ、バハールシタが乗員に加わったのは、その最後の時期にあたる。

彼らの誘導によって、数年前、北部の地峡から迷い込む形で、トワトワト半島にやって来た。

山岳帯を中心に放浪を重ね、この夏は、いくつものアカシカの群とすれ違いながら、山間の盆地の回廊を歩いてきた。

そしてあの火山の噴火と、アマリリスたちオオカミの一行に出くわしたというわけである。

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