第356話 蓋乗#1
来た道を引き返す一行、アマリリスはあいかわらず無言だったが、
巨獣の骸の方、半ばがらんどうのその体に起居する生き物たちのほうは次第に活動をはじめ、やたらと賑やかになってきた。
空は雲に覆われていたが、気温が少し上がり、飛びはじめた羽虫を追って鳥たちが、サイの体を中心に、まるで竜巻を呼び寄せようとするかのように飛び交っている。
人型魔族を除いてサイの体に住む最大の動物であるイノシシと、それに続く例の小型のシカが脇腹から飛び出し、持ち前の脚力でサイの進行方向に追い抜いていった。
アマリリスが歩き疲れて涸れ沢に露出した岩に腰掛けると、古代サイも足を止め、更に多くの小動物が出てきた。
青みがかったグレーの美しい毛皮のキツネ、目の周りを隈取りしたようなユーモラスな顔に、縞々の尾のアライグマ。
敏捷なリスに、よちよち歩きのハリネズミ、愛くるしいモルモットにウサギ、母親の尾に数珠つなぎでついてゆくジャコウネズミ。
よくもまぁこれだけ、、、
動物たちは古代サイの前方に、扇を広げるように散ってゆき、思い思いに草を食んだり、地面を引っ掻いたりしている。
ハイマツの茂みの向こうでキツネが空中に跳ね上がり、優雅に体をしならせて前肢から着地した。
なにか捕まえたようだ。
自然界で普通に出くわせば、食う者と食われる者に分かれる生き物同士がこうしてひとつの共同住宅に住んでいて、近隣トラブル的なことにならないのだろうか、と心配になるが、
古代サイの体を出た後も、キツネなどの肉食の獣が、同居人のリスやネズミを襲う気配はないし、リスやネズミの方も彼らを警戒する様子はない。
そこはお互いを尊重してうまくやっているようだ。
不思議なのは、キツネにネズミを捕るな、と仮に誰かが教え込もうとしたところでうまく行くはずもないのに、
なぜここでは秩序が機能して、共生関係が成立しているのかということだ。
マフタルたちはただの大家兼運転手で、入居者の個別の事情には介入していないように見えるのに。
置いてきた自分の仲間のオオカミたちのことも気がかりで、休憩を切り上げたアマリリスが立ち上がると、
気配を察した動物たちがわらわらと引き返してきた。
全員の収容には時間がかかりそうなので、先に行きかけたアマリリスだったが、結局立ち止まって、
大小の鳥獣が列をなし、彼らの目には大型客船にも映るであろう巨獣の体に吸い込まれていくのを眺めていた。
大きなもの、跳躍力のあるものは地面から直接、古代サイの胴体に飛び込んでゆくが、そこまで届かない者たちは、ちょっとした大木の幹ほどもある脚を伝い登っていく。
寄港地での自由行動を楽しんだツアー客を出迎える添乗員のように、サイの体の表面に留まっていたきれいな色彩のヤモリが、帰還者の列を見守っていた。
最後に小さな金色のヘビが、草の間を流れるように這ってきて、サイの脚を支えに器用に身を起こし、
金色の水の流れが地面から流れ昇るようにしてサイの体の中に消えていった。
静止していた巨獣が、ゆっくりと動き出す。
待っていてくれたアマリリスに謝意を示すかのように頭をさげる動作をして、彼女について行くそぶりを示した。
アマリリスは巨獣に近づいていって、首筋を軽くノックした。
マフタルが不思議そうに、うなじから顔を出した。
「あしダルぃ。乗せて。」
「はい?・・ あ、どうぞ。
バヒーバ、奥詰めて、、、ってえ?? どこいくの?」
彼らが開けた乗り込み口を素通りして、巨獣の右前脚に取り付いたアマリリスを、少年たちはあっけにとられて眺めていた。
岩を這い登ろうとするカメのようにもたついている姿をしばらく見守って、ようやく、彼女が古代サイの背に登ろうとしているのだと気づき、
バハールシタは慌てて右前脚を折って持ち上げ、足場を作ってやった。
それでようやく、アマリリスのもがきは登攀へと前進を見せたが、依然もどかしい奮闘が続いた。
手を貸そうにも、衣服の代わりに羽織っているオオカミの皮は腰のあたりまで捲れ上がり、肩からはずり落ちかけ、
その状態でどう補助したものか、下から見守っていていいものか、考慮を要するところだった。
最後は古代サイの体毛を掴んで体をくねらせ、腹でずり上がるようにしてアマリリスはその偉大な挑戦を終えた。
ゴツゴツした大岩のような古代サイの肩の上、二足歩行を覚えたばかりの赤子のような危ういバランスで、四つん這いから体を起こすと、地表から眺めるよりもわずかに見通しの良くなったツンドラの野が一望できた。
それに限れば何か新しい視野が開けたわけでもなかったが、近くを見れば違いは明らかで、地面はぎょっとするほど遠く、頭上を飛び回っていた鳥たちも、今はアマリリスの視線と同じ高さを旋回している。
まずは満足して、アマリリスは巨獣の背に横乗りに腰掛け、その肩を軽く叩いて合図した。
「いいよ、出して!」
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