第354話 苦界の涙

前日にはオオカミたちにとって恐怖の狩り場だった場所を、今日は別の姿のアマリリスは黙々と歩いた。


比較的に覚えやすい地形だったために、道に迷うということはなかったが、それでも細かなこと、

あのカモシカが現れたのはこの坂道のあたりだったか、アマロックを先頭に追っていったのはこのガレ場でいいのか、

誘い込まれて包囲されたのはこの袋路だったのか、もっと先だったっけ――といったことは自信を持って言えなかった。


今日も、あの崖の上や、あそこの岩陰にヴァルキュリアが潜んでいて、今にも襲いかかって来るのかもしれない。

しかしそういった危険も、アマリリスはお構いなしで、まるで他人事のようだった。


それは彼女の心を占める2つの異なる考え、一つは、アマロックはヴァルキュリアに捕まって殺されてしまったのかもしれないという、心が凍るような、しかし十分に蓋然性のある可能性と、

もう一つ、彼女自身も考えをまとめられず捉えきれない感情の間にあって、畏れも躊躇も麻痺してしまっていたからだった。


第一の可能性が正しければ、アマリリスは無残に傷つけられた愛しいものの骸を見つけることになる。

その時に自分がどうなってしまうのかは想像もつかなかったが、一方でそれならば、アマロックを見つけないということはあり得なかった。


トワトワトに来てから、、ううん、もっと前からずっと、掴みどころのない何かを探しているみたいだった。

でも今のあたしは、自分が何を探しているのかはっきりわかる。

アマロックが死んでしまったなら、すべてがおしまいだ。

この世界に、探すようなものなんてもう何も残っていない。


でもこうやって探しても見つからないなら、アマロックはどこかで生きているってことになる。


ヴァルキュリアがアマロックを殺して遺体をどこかに持ち去った、というシナリオは、アマリリスは呆れるほどあっさりと無視した。

そんなことがあって良いはずがない。

あんな別れ方をして、そのまま2度と会えないなんて許さない、あたしは絶対認めない。


途中あったいくつかの枝道も丹念に見て回り、昨日の戦いの痕跡かもしれないと思う箇所もいくつかあったものの、

結局はっきりわかる手がかりは何もないまま、アマリリスは昨日は明らかに通らなかった場所、

山間の溶岩流の渓谷が尽きて、その先の盆地の広がりを見下ろす高台に出た。



見つからなかった。


アマリリスは安堵の深い息を吐き出した。

このままでいたら、押し潰されてめちゃくちゃに壊れてしまうと思うような、重圧と緊張から解放された心に湧き上がってきたもの、

それは激しい苛立ちと深い悲しみだった。



「こんなんばっかだな、、」


あたしは、こんなに探しているのに。

こんなに心細くて、アマロックに会いたくて会いたくて頭がおかしくなりそうなのに。


なのに、あいつときたら、、

去年2人で高地に行ったときも、この春の怪物騒ぎの時もそうだった。

今だって、ヴァルキュリア女戦士とやらと、よろしくヤッてるんじゃないの?


悪い思考がやめられない。


「わかってるよ・・・」


アマロックはあたしが必要じゃない。気にしてもいない。

あたしがアマロックに対して思うこと、感じること、

こうであってほしいと願うことなんかとはお構いなしに、アマロックはアマロックとして在るんだ。

わかってはいるんだけど、、、


じわっと滲んだと思ったらあっという間にあふれて流れ落ちた涙を、震える手で拭った。


涙って、こんなに苦い味がするもんだったっけ。

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