第352話 魔神《デーヴァ》回想
白夜の明りが完全に消え、漆黒の夜空の時間になっても、アマロックは姿を現さなかった。
打ちひしがれた様子のアマリリスにどう接してよいのかわからず、マフタルがしきりとその辺りをうろうろしている。
その気配がなんともうっとおしい。
確かに落ち込んではいたが、自分でも意外なほど、アマリリスの心は冷静だった。
自分一人で占領していた焚火のそばに、マフタルを呼び寄せて尋ねた。
「あれが、あんたの言ってた
あたしたちを襲ったやつらが」
「うんそう。
白いのと黒いのがいていつも戦争してるんだけど、ジェーブシカが会ったのは白の旅団だね。」
「なんでわかんのよ。」
どっちでも良いことでもあったが、マフタルのドヤ顔がかった口調が、アマリリスの面倒な性格を刺激した。
「噴火した山の北東の麓って言ってたでしょ。
そこいらは白の旅団の縄張りなんだよ。
あんなことになって、山の西側が壊滅だから、奴ら東側の縄張りは絶対死守するはずなんだ。
いま、黒の旅団が入り込んでくるってことはないんじゃないかな。」
ヴァルキュリアについて詳しいことを、マフタルが教えてくれた。
これまた魔族らしくないその魔族は、数千〜大きなものでは1万をこえる集団、「旅団」を作り、人間が支配する国家のように、広大ななわばりを所有している。
人間が建築する城砦のような、いくつもの建造物と、それらを結ぶ地下道からなる”巣”を、好んで活火山とその周辺に構える。
どうも地熱を何かの産業(!)に利用しているらしいが、巣の内部のことはよくわからない。
なわばりの大きさが集団の勢力に直結するので、少しでも領土を広げようと、周囲の他の旅団と、恒常的な戦争状態にある。
なるほどこう聞くとまるで人間社会の引き写しのようで、マフタルたちが”ニンゲン”と呼ぶのも理解できる。
オシヨロフのオオカミたちが襲われた地点も含め、先日噴火した山を中心としたエリアが、”白の旅団”の支配域だが、
噴火によって山の西側一帯は壊滅的な被害を受け、彼女たちはその領土の半ば近くを失ったことになる。
「その白いヴァルキュリア、、長いな、
「さぁ、、餌?」
「げっ。やめてよ、あたしら一応肉食獣だよ?
食物レンサ的におかしくね?」
「うーんでも、オオカミとヒグマもお互いに相手を喰うことあるし、
魔族の場合そこはいまさらでしょ。」
「ちっ。
襲撃された時のことを改めて思い返してみる。
煙で何も見えなくなる直前、一瞬だけ襲撃者の姿が見えた。
そう思ってみると、白っぽい武装をしていた、、かも。
しかし、その魔族がアマリリスたちを襲った理由よりも、そのあとに起きたことのほうが不可解だった。
鼻も目も効かなくなったあげく網まで被せられて絶体絶命だったのに、誰かが、助けてくれた。
それは合理的に考えるならアマロックということになるのだけれど。
そして仲間を解放したものの、自分は逃げ遅れてヴァルキュリアに捕まった、というのが、説明として一応筋は通っているのだけど。。
「・・・うそくせぇーー。」
「えぇっ!?」
ひとり言にいちいちオーバーリアクションするマフタルがうっとおしいが、今は無視する。
嘘くさい。
アマロックがそんな、「危険を省みず」「身を挺して」「仲間を救おうと」なんてするものだろうか? あのアマロックが。
挙げ句に自分は逃げ切れずに捕まっちゃったぉ、なんて可愛らしくも笑えないドジっぷりも、実にアマロックらしくない。
自分だけ真っ先に、仲間を見捨てて逃げましたけど何か?っていうならすごくしっくりくるんだけど。
なんて考えるあたしは、ちょっと性格悪いかしら。
そして、「あれ」本当にアマロックだった?
あの煙のせいで、目と、何より鼻が完全に麻痺していて、もどかしいくらい曖昧な記憶しかないけど、、
オオカミにとって嗅覚がどれほど重要な感覚か、人間の言葉では表現が難しい。
何しろ人間は、ほんの鼻先に持ってこられてようやく、何かの匂いがするかしないかわかるという有様だ。
それは視覚で言ったら何も見えていないのと同じ、目隠しされて、手探りで周囲の様子を知ろうとするようなものだ。
オオカミは、かれらの嗅覚の世界では常に何百という匂いが入り混じるなかで、
関心を振り向けた匂いが、どこから、どれくらいの強さで来ているのか、その勾配や滑らかさまで知ることが出来る。
目で見るよりもずっと早く、嗅覚によって何かの存在を知ることだって多い。
世界はそういう匂いで彩られる鮮やかなモザイクで、それとのつながりが絶たれることは、まるで自分の体の一部を失ったような感覚がする。
だからなのかも知れない。
夜目には枯れ枝も亡霊に見えるの喩えではないが、感覚が遮られていたために、かえって神経が鋭敏になり、なんでもないことが違って感じられただけなのかも知れないけれど、、、
その時のことを思い返すと、アマリリスの側に現れて襲撃者を打ち倒し、彼女を救ってくれたのは、
アマリリスの幻想として異界に現れるあの魔獣が、具現化したもののように思えてならなかった。
にしてもあのカモシカめ。
あいつのせいでこんな目にあってるようなもんだ。
今度会ったら挽き肉にしてやる。
アマリリスの悪態にマフタルが反応した。
「カモシカ?」
「なんかこんな、角のでっかいやつ。」
両手でツインテールに握った髪を、渦を巻くようにぐるぐる回して見せた。
マフタルの目がほわんとうつろになり、一方で口元のあたりに、何かうしろめたいものを見ているような表情を作る。
「・・・何よ。」
「ギャップやばい、、」
「はぁ??」
「あ、いやいや。
カモシカじゃなくてヒツジだと思うよそれ。」
「どっちでもいいし。」
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