第349話 等しき青空

地上は霧雨に濡れ、本来は天空の存在である雲によって霞んでいた。


しかしこの場所にも空はあり、人に草木、雲、それをまとう山々の砂礫も、

彼らを震わせ、叩きのめして走り抜ける風の彼方、ほんの気まぐれに現れる青空を、等しく見上げていた。



火の山の災厄以降、トヌペカの群族は怖ろしい勢いで仲間を失っていった。

直後に薬師の御婆が滑落死した後、火山灰の死の土地から脱出するのにまる一日かかり、

その途中でもともと体の弱っていた2名が倒れ、置いて来ざるを得なかった。

先に倒れた一人は、降りしきる灰の中を去ってゆく仲間を静かに見送り、

次に動けなくなった者は、連れて行ってほしいと言って泣いたが、どうすることも出来なかった。


やっと灰の降らない場所にたどり着いた彼らを待ち構えていたように、今度は魔族が襲った。

灼けつくような渇きを訴える喉を潤そうと近づいた池塘で、水底の穴に潜んでいた、大蛇のような巨大なオニイソメの化け物だった。


犠牲になったのは、トヌペカの許嫁に決められていた、だいぶ年の離れた従兄弟で、トヌペカは風采の良くないその青年を嫌っていたが、ひどくむごい殺され方をした。

ユキヒツジの身体のまま空中に突き上げられた彼に、何匹ものオニイソメが群がって腹を食い破り、最後はバラバラに引き裂いてしまった。

思い出すたびにあの悲鳴と、血と臓物の臭いが蘇ってきて、胸が悪くなった。


しかしトヌペカがもっとも心を痛めたのは、幼い子どもの死だった。

前の秋に生まれたばかりで、まだ変身することが出来ず、移動中、ずっと母親の背の籠の中に収まっていた。

安全な場所に出てようやく助かったと思ったのに、2日後に死んでしまったのだ。

呼吸の様子が変だと思ったら、みるみる顔が紫色になり、そのまま息を引き取った。

灰を吸いすぎたのだろう、ということだった。


そして最後に、白拍子ウパシクルの軍団に包囲され、交戦で2名が――うち一人はトヌペカの母の兄だった――、白拍子ウパシクルの銛に胸を貫かれて死んだ。

ここまでで、噴火によって住処を失う前は14名いたメンバーが、半分になってしまったことになる。


一方でユキヒツジの群族は、投石器と短弓、そしてトヌペカの母の剣技による抵抗で、3名の白拍子ウパシクルを殺し、5名に重傷を負わせた。

その伎倆を買われ、彼らは降伏と引き換えに、白拍子ウパシクルからのの保護を受けるという提案に合意した。


その協定にも、トヌペカは納得がいかなかった。


あの時、白拍子ウパシクルは群族を幾重にも包囲していて、降伏しなければ皆殺しになっていただろう。

降伏するしかなかったというのは解るのだが、だからといって何で仲間を殺した奴らの言いなりになって、こんな使い走りみたいなことをさせられているのか。


魔族が、火の山の災厄が、心底憎い。


{”カミサマ”は一体、なして魔族なんか造ったさ。

なして山に火を植え込んだりしたのさ。

あんなことしたって、誰も幸せにしないしょ}


何で、何でとひとしきり喚かせたところで、ユクはトヌペカにこたえた。


{あんたにはまだ教えてないユカラだったね。

昔、同じように考えて、実際に神様のところに行って訊ねた人がいたの。

その人の言うことを聞いて、神様は考えを変えたのね。

けれど、考え直した神様がしたことは、、}



その時、駒に乗った白拍子ウパシクルが駆けてきた。

歩哨と暫く話し込んだあと、ユクを載せてそのまま立ち去ろうとしている。


ユクの眼が、トヌペカと二人でいる時は、巣に戻って雛を見守る親鳥の慈愛である視線が、

今はツンドラに睨みを利かす猛禽のそれとなってトヌペカを見た。


{急用らしいわ。

あんたはその子達を連れて城砦に戻りなさい。}


{えーーーっ、

ムリっしょやったことないもん。。}


{何とかして。}


ユクを載せた駒はそのまま霧の中へと去っていった。

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