第347話 ヴァルキュリア#2
人間の身体でいる時の機微には疎いアマロックが、意外にもその理由を説明してくれた。
「もし君が
樹のうろに住んでる小さな生き物、たとえばリスだったとしようか。
君の巣がある樹は森の中にあって、周りの他の樹と、どの枝がどの樹の枝なのかも分からないくらい絡み合って生えている。」
「
「君は今日、自分の樹の枝を先の方まで登っていって、梢に咲いている花や実なんかをたらふく食べてきた。
帰り道はどうする?」
「?
来た道を引き返せばいいんじゃなくて?」
「そうだな。
ところが君が梢にいる間に風が吹いたかして、来る時登った枝は途中で折れていて降りられない。
梢ごと落っこちなかったのは、他の枝に引っかかって宙ぶらりんになってるからだ。
どうする?」
「だったら、、他の枝を伝って降りる?」
「さて、それで君は自分の巣穴に戻れるだろうか?」
「うーーん、なんか他の樹の方に行っちゃうかも。」
「巣穴に戻りたかったら方法は2つ
一つは枝を伝うのではなく、枝と枝の間をジャンプして巣穴のある樹を目指すこと。
でもこの場合、ジャンプに失敗して地面に落ちる危険がある。
もう一つはそういう危険を避けて、遠回りしてでも枝伝いにもとの樹に戻れる道を探すこと。
それはそれで、そういう道があるのか、あったとして見つかるかは分からない。」
「あーー、なんか分かったかもっ」
今のあたしたちもそのリスと同じ。
あのアカシカたちは、後をつけてさえ行けば食いっぱぐれることもなく、
道なりにオシヨロフの森に帰れる道だったんだ。
それが途切れてしまった。
そこらのアカシカの群を追っていってもどこに連れて行かれるかわからないから、
一食済ませたらその群からは離れ、進路上にいる別の群を探し出して狩りし、ということを繰り返して、遥かなオシヨロフを目指すことになる。
移動と、獲物の探索と、狩猟を、別々に行う必要がある。
港に集まれば帆柱も触れ合うほどにひしめき合う行商の船団も、広い海に散ってゆけば、小舟の影すら残さず消え去ってしまうように、
この夏、トワトワト脊梁山脈高地全体では膨大な数が居るはずのアカシカの群も、只々広いこの草の海に立てば、その痕跡すら見つけるのは容易でない。
オオカミの群の一員として曲がりなりにもやってきた身にしてみれば、
それがいかに困難を伴う旅であるかは容易に想像がついた。
「だからそういう道は取らない。
やるとしたら最後の手段だ。」
「その前にやってみるのは、、」
「一番幸運なのは、あいつらが引き返してくることだった。
けれどそれはもう期待できない。
引き返したら、地形から言ってこの低地にくるはずだが、あれから何日か経つのに姿を見せない。
その次に幸運なこと。
山に殺されていないとすれば、奴らは西の谷を抜けて、北上を続けていることになる。」
「それって、可能性は?」
「わからん。
0から100%の間のどれかだろう。
知りたければ、確認しに行けばいい。」
アマロックの目をじっと見つめて、アマリリスは頷いた。
「南側からはダメだ。
あの灰の中は危険すぎるし、臭いも辿れない。
遠回りにはなるが山を北から回って、西の谷の出口を見に行ってみよう。」
「けどこの北は、ニンゲ、、ヴァルキュリア《女戦士》の領地だぞ、さっきも言ったけど。」
少年たちのひとり、バヒーバが口を挟む。
アマロックが尋ねた。
「飛び道具は?」
「持ってない。
城砦はわからないけど、歩兵は投げ槍ぐらいだよ。」
「大型は?」
「いる。
かなり大きいよ、
それに練度も高い。」
「乗り物は」
「それも持ってる。
シカとも、ウマとも違う、手足と首と鼻のひょろ長いやつだよ。
けど、乗り物っていうよりは荷物運搬用かもね。」
もう一人の少年、バハールシタが答える。
なんだか話題が専門的になってきた。
興味を失ったアマリリスは、スープのお代わりを求めてマフタルに椀を突き出す。
マフタルは椀にスープ注ぎつつ、関心はその場にないようだった。
「まぁ、僕らのデカブツの敵じゃないけどね。
見せたかったよ、足元にいた奴らを軒並みぺしゃんこにして、角でなぎ払ったら、5、6匹まとめて山の向こうまで飛んでいったしww
”空を飛んでるゥーー”って喜んでたな。
後ろから襲ってきたのもいたけど、あいにく死角なんてないからね。
全員アレで、串刺しDeath.」
にわかに調子を盛り返したマフタルが、ここに来る途中で交戦したという時のことをべらべら喋りだした。
アマロックはやめさせようともしなかったが、あまり注意を払って聞いてはいないように見えた。
「アマロックは会ったことがあるの?
その女戦士に。」
自分ではそんなつもりはなかったのだが、声に出してみるとその複合名詞の前半にやけにアクセントがついた。
アマロックはアマリリスをじっと見た後、どこか嘘くさい笑顔で、とんでもないことを言い出した。
「ここのとは別だけどね
前に一週間ぐらいご厄介になったよ」
毛根に熱が集中するのを感じる。が、まてまて早まるな。
努めて冷静に、もう一つの疑問に話題を移した。
「そういう、軍隊みたいなのを作っているっていうこと?
こーーんな世界の果て果てみたいな所で?
魔族が??」
だとしたら彼女たちは誰と戦っているのだろう?
そういう軍隊とか、一致団結した集団行動をするというのは、なんと言うか、魔族らしくない。
あの氷海の人魚みたいな、家族同士の結びつきならわかるのだけど。
「集団行動というなら、去年のキュムロニバスとか、目の前のこいつらだってそうじゃないのか」
「そうなんだけど、何ていうのほら、群体はそれで一個の生き物みたいなもので。
でも軍隊は、、あ、もしかしてグンタイなだけに?」
自分でも何を言いたいのかよく分からなくなってきた。
「さてね、残念だがおれには君が言う”魔族らしさ”っていうのが分からないんで、なんとも言えないな」
そこで会話は途切れた。
薄暮の色を残す空に、星が2つ、3つ、ぼんやりと光りはじめる。
空中に漂う浮遊塵のせいか、あまり大気の状態は良くない。
焚火の炎、鍋を吊るしていた三脚の向こう側で、マフタル達3人が楽器に合わせて歌を歌っている。
マンドリンに少し形が似ているが、弦は1本だけで、それを弓で震わせている。
よくこんなものまでと、呆れを通り越して感心するが、考えたらアマロックも笛を作るし、魔族って実は音楽好きなのか。
穏やかな、感情の昂ぶりとかよりも、例えばなんでもない日常への深い満足や、愛おしさを歌っているようなメロディ。
とはいえ異国の言葉なので歌詞の意味はわからないのだが。
なんだか妙に切なくなってきて、勇気を出してアマロックを招いた。
こっち入んなよ、寒いでしょ。
まったく、この子達だって服着てるっていうのに、、
二人の体を一枚の毛皮で包むと、頬と頬が触れ合った。
「あったかいね。」
微笑みかけると、返事の代わりにキスしてくれた。
それで十分だった。
すっかり満ち足りた気分で、アマロックの肩に額を預けた。
「”鳥は空を飛ぶように、魚は水を泳ぐように”、かな。」
「うん?」
「あたしの国のことわざ。
アマロックみたいな
人魚がいて、こんな古代サイのがいて、いろーんな魔族がいるね。
次は
うーん、どんなのか楽しみ!」
「そうだな
それも旅の醍醐味ってやつだ」
「いいこと言うじゃん!」
その日はそのまま、巨獣の足元で眠って、
翌朝、白夜の薄闇がまだ消え去らない時刻にオオカミたちは出発した。
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