第346話 ヴァルキュリア#1
「
「うん、全員女で武装してるね。僕たちは ”ニンゲン”って呼んでるけど。」
「人間がいんの!?こんな異界のど真ん中に??」
「ちがうちがう、人間じゃなくてニンゲン。
僕らがニンゲンって呼んでる魔族。」
「んだよもぉー、魔族のくせにモノに名前とかつけるから。
超まぎらわしいんですけど。」
文句をつけながら、アマリリスはマフタルの差し出した椀を受け取った。
「あ、ホントの人間もほんの少しだけど住んでるよ、キリエラ人が。
けど山が火を吹いたあと姿が見えなくなっちゃった。
無事だと良いんだけれど。」
「その人たちも戦士?」
「ううん、草食系。」
アマロックがどう言いくるめたのか、マフタル達がアマリリスに食事を振る舞ってくれることになった。
サイの体の中から食材に鍋に食器、焚き火の上に鍋を吊るす三脚まで出てきた。
振る舞われたのは素朴な穀物の粥に、豆を発酵させて作るという調味料を使ったスープだけだったが、
人間の状態で食事するのが数週間ぶりのアマリリスには、その温かい食事は文字通り臓腑に染み渡るようだった。
「
なのにどうしてオオカミの形代を持ってるんだい?」
「その呼び方なんかヤメて。
ちょっとワケアリでね、地元ではふつうに人間だよ。」
あれこれと話したがる・聞きたがるマフタルとの会話は一方的に打ち切りにして、旅の道連れの傍らに戻った。
「あたし達が追ってきたアカシカは――」
アマロックに向かって話しかけながら、アマリリスは冷え冷えとした藍色の空にそびえる黒い影を見上げた。
日が落ちたせいで、燐光を放つように白くたなびく噴気の根元、山頂付近で吹き上がる赤い火柱が目視できた。
「西側を行ったよね、、タイミング的に、ちょうど噴火してる時に。」
「ああ。こちら側には来てないな。」
数日前、オシヨロフのオオカミたちは、南側の山塊からその山へと橋渡しをしている、なだらかな鞍部にいた。
稜線はそこでだいぶ高度を下げた後、純白の雪渓と、黒々とした火山礫の山肌へ、急登となって続いている。
彼らの先を行くアカシカたちには、2つの選択肢があったはずだ。
山を向いて左、つまり西側の、近接する隣の山塊との間をゆく渓谷と、
東側の、大昔の溶岩流の上に出来た荒れ野。
そこで噴火が起こり、山域一帯と西側の渓谷は、火山弾の豪雨と灼熱の山崩れ、噴煙の中を走り回る稲妻の、終末の日を先取りしたような光景に呑まれていった。
オオカミたちは降灰を避けて、風上に当たる山の東に下った。
最後に感じられた痕跡は、アカシカたちが西のルートに向かったことを示唆しており、
なにより、この東の低地に彼らが立ち寄った形跡はなかった。
運が良ければ、アカシカたちは噴火よりも早く危険な山の脇を走り抜け、被害を受けなかったかも知れない。
運が悪ければ、噴石や高温の山津波が直撃して全滅した可能性もあるし、実際はその中間かも知れない。
彼らの運命について、自分 ――他者の境遇に感傷を揺さぶられがちな人間はともかく、
オオカミが”気を揉む”理由はどこにもないはずだった。
最後に確認できた時点で100頭余りというのは、ひとかたまりワタリの群としてはかなり大きな部類だが、
彼らだけが獲物ではなく、同じような群が無数に、この山岳と渓谷の迷宮を回遊している。
また、懸案の群のうち2割ほどの頭数は、オシヨロフ付近の森からやってきた、オオカミ達が”地元”にいる時の獲物でもあったが、
その程度の頭数が失われたところで、彼らの食糧事情がどうにかなるわけでもないし、
仮にそれが深刻な問題だったとしても、今ここでくよくよして得るものなど何もない。
さっさと他の群を探して追いかければ良いわけで、そう難しい話でもないはずなのに、どうしたことだろう。
オオカミの身体でいる時に感じる、この、後ろ髪を引かれる感というか、
不安定な足場からの跳躍を強いられるような、落ち着かない感覚は。
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