第345話 古代獣#2
「やぁっ、こんにちは!言葉は通じてる?
艸ヶ 匸 ,彡 々 孑ヾ! 廾卍 兀ゞ 冂?
≫∀∂Ⅴ‘ ∬∮∋∞¡ ℃€ §‡¤¿¿¿」
魔族からは予想もしていなかった友好的な呼びかけ、
しかし何かからくり人形が喋っているような、ラフレシア語と、知らない2、3種類の言語での韻を踏んだ反復。
ピンと立った獣の耳、虹彩が縦に切れた金色の瞳ということは、魔族には間違いないはずだが、、
戸惑っていると、アマロックが代わりに答えてくれた。
「問題ない。」
ここでアマリリスは、相手が若い少年(ヘリアンサスと同じぐらいだろうか)の姿をしていることに気づき、
今は衣服として羽織っているオオカミの毛皮の前をしめやかに合わせた。
少年はアマロックをちらっと見てから ――それは、目礼の仕草のようにも見えたが、
続けてアマリリスに話しかけてきた。
「やっぱりこの言葉なんだね、えらく広い地域で話される言語だなぁ。
僕が最初に覚えた言語はクレストフカでしか話されてなかったのに、人間種族の分布は一体どうなっているんだい? Why, terrestrial people.
おっと、自己紹介がまだだったね。
はじめまして、僕はマフタル。
こっちは相棒のバヒーバにバハールシタ。
僕たち3人でこのデカブツの操縦をしてるんだぜ、ワイルドだろぉ?あとで乗せてあげるよ。
さて、君の名前を聞いてもいいかな?すてきな
アマリリスは眉間の皺も露わにアマロックに訊ねた。
「何これウザい。
コイツらほんとに魔族?」
「こういう芸風が刺さるメスも多いんだろう。
人間側の嗜好にも責任がある。」
アマロックは気の毒がっているのか、あるいは単に面倒くさいのかわからない調子で答えた。
一方マフタル少年は明らかに鼻白んだ、悲しげとわかる調子で抗議した。
「魔族ネタ、それな、デカブツ、僕マフタル、、
いやいや、僕たちを魔族と一緒にしないでほしいな。
何しろ僕らは脳を食べるとか野蛮なことしなくても、人間の言語基体を獲得できるんだゼ」
「あっそ、どーでもいい。」
肩越しに言い捨てたアマリリスの視線は、古代サイの方に吸い寄せられていた。
あとから現れた、名前を聞いたけどすぐに忘れてしまった二人の間をすり抜けて、
操舵者を失った今、不随意的に頭や尾を動かしたりする他はじっと立っているその巨獣に、こわごわ近づいた。
サイの本来の耳とは別に、空っぽの眼窩の横、こめかみのあたりに、聴覚器官らしい、大小3つのおわん型のものが並んでいて、
小さい方の2つがアマリリスの動きを追って向きを合わせてくる。
ちょっとした大木の根のように大地を押さえている前肢の横をすぎると、平屋の軒くらいの高さの肩から脊梁にかけて、ツチグモの目を思わせる真っ黒な球面がいくつも現れ、いっせいにアマリリスを見つめた。
少し心細くなって背後を振り返ると、仲間のオオカミたちはツンドラのツツジの茂みの向こうから、じっとこちらを見ている。
巨獣の肩に、小さな、なつかしい生き物がいた。
カラカシスで目にしたのとよく似た、しかしどことなく違う姿のハリネズミ。
細長い鼻をひくひくさせて、巨獣の毛をかき分けると、白い芋虫のようなものを引っ張り出して、ガツガツと貪った。
肋骨の間から空いた穴の奥に、小柄な鹿の姿が見える。
仔鹿かと思ったら、さらに小さな子どもが群れて乳を吸っている。
さっきのイノシシといい、トワトワトにはいないはずの生き物がずいぶん多いのに気づいた。
動物園の檻でも眺め歩くように、巨体の周囲を一周して戻ってくると、アマロックとマフタル少年が話していた。
”悪かったな、野蛮な魔族で”
”あいや、気を悪くしたなら謝るよ。僕らは魔族を尊敬しているよ”
”気を悪くするほどの知能は持ってないから不要だ。
そんな下等動物の何を尊敬するんだ?”
二人が並ぶと、マフタルの背格好がヘリアンサスに似て見えて、
アマロックとヘリアンサスが雑談しているのを見るような、妙な感じがする。
マフタルと目が合った。
アマリリスは今度は、にまりと微笑んだ。
「けど確かに。
このデカブツはヤバイね。」
両義的な形容詞だが、良い意味だと伝わったらしく、マフタルも満面の笑みになった。
案外コミュ力が高いというか、魔族らしくない。
「だろぉ?
あとで乗せてあげるよ、お目が高いジェーブシカ」
「それはいい。」
結局この日もオオカミたちは移動せず、古代サイのいる荒れ野に逗留した。
こんな調子でアマリリスが容赦なく叩くものだから、マフタル少年の軽薄なキャラも鳴りをひそめ、夕方にはすっかりおとなしくなってしまった。
案外打たれ弱いというか、こういうところも実に魔族らしくない。
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