第344話 古代獣#1

「きれいな朝日。。。」


大気中を漂う浮遊塵が光を散乱するせいで、噴火前よりも色鮮やかに空を染めた日の出は、人間の目で眺めれば美しい。


オオカミの知覚を通すと、美しいとかそういうことは感じないが、じっとしているのが難しいような感覚、

しかし即座に駆け出すことは踏みとどまる程度の冷静さを与える光景だった。



アマリリスが遭遇したこの夏の噴火は、火山帯として知られるトワトワトでも比較的大規模な部類に入るもので、

風下に当たる山の北西側は広大な大地が火山灰に覆われ、サテュロス海を隔てた大陸の一部にまで降灰をもたらした。


壊滅的な被害を受けた地域から、自力で動けるものは一斉に脱出をこころみ、

噴火の影響をほとんど受けなかった地域、アマリリスが今いる山域の東側のエリアも、

古い沼の底をさらってぶちまけたかのような、多様な生物のるつぼと化していた。


「まさかこんな生き物がいるなんてねぇ。。」


異界で遭遇するものにいちいち驚かなくなってはいたが、

予測不可能ぶりに感心しながら、アマリリスはその獣を眺めた。


絵でしか見たことはないが、サイの仲間だとすぐにわかった。

こんな北の果てに住む生き物ではなかったはず。

古代獣の形態だろうか。


現生のサイは、鎧のような硬い皮膚をしているというが、このサイはその上に、長い焦茶色の毛をまとっている。

そして何より、途方もなく大きい。

カラカシスにいた頃、すずかけ村とアザレア市を結んでいた16人乗りの乗合馬車と同じぐらいありそうだ。

鼻先からは2本の角が突き出し、湾曲して天を突く長い方の一本は、アマリリスの背丈と同じぐらいの長さがありそうに思える。



言うまでもなく魔族が関わっているのだが、それ以上に、普通の意味での生き物ではないということがアマリリスにもわかった。


巨体の割には軽快な足運び、草を喰む仕草といったものはサイらしさを残しているが、その眼窩に眼球は既になく、

風化がはじまっているのか、ところどころひび割れた顔の皮膚は、にかわで埋めたような補修が施してある。


長い体毛の間から、様々な鳥やコウモリが、ちょうどハタオリドリが巣を出入りするみたいに出たり入ったりして、巨獣の上空を飛び交っている。

そのため遠くからは、鳥山を連れて歩いているように見えた。


サイの足元からレミングが飛び出すと、脇腹から北極ギツネが現れて追いかけていった。

かと思うと、何かに追われたらしいウサギが走ってきてサイの体の中に飛び込んだ。

しまいにはイノシシまで現れて、サイの食べ残した木の実やキノコといったものを平らげていった。

中がどうなっているのかわからないが、他にもたくさんの生き物が、この大きな体の中に住みついているようだ。


噴火後の降灰の中をようやく逃れてきたケイマフリも、アカシカも――その中に、オシヨロフのオオカミが追ってきた群はいなかった――

灰まみれで動くのも億劫そうなほど疲弊しきっているのに、

それより少し前に現れたこの巨獣の毛並みは赤銅色ににぶく輝き、汚れてもいない。


やがて巨大な頭が少し前にずれると、中から、このとき古代サイの認知機構を担っていた器官体が群体を外れ、二人の前に姿を現した。

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