第341話 欠落した資質

もうひとつ気がかりであり、負い目にも感じるのは、オオカミの群れにとって最重要の共同事業であるアカシカの狩りに、アマリリスがまるで貢献できていないことだった。


アマロックたちとともに、アカシカに追い迫るまではいいが、彼女の身体は単に獲物と並走するだけで、襲いかかるでもなければ、その動きを妨げて仲間が攻撃する機会を作ろうとするでもない。

せめて勢子としての働きでもできればいいのだが、追われる側からすると捕食者のそういう欠陥はわかってしまうもので、アマリリスが突破口となって追い詰めた獲物を逃してしまう、ということが続き、

そうなると、仲間のオオカミは狩の場面ではもはやアマリリスをものの数には含めず、いないものとして狩の布陣を組み立てるようになっていった。


それはオシヨロフの幻力マーヤーの森にいたときから同じことではあったのだが、オシヨロフでのアマリリスはあくまでオオカミの姿を借りることもある人間であり、オオカミの姿によって生活を支えられていたわけでもない。

幻力マーヤーの森の散策と同じく、アマリリスにとってオオカミとなることは一種の余暇活動であって、自分が狩りに貢献できないことに気をもむという発想はなかった。


そしてそれはオオカミの身体の資質の問題であって、人間として育ってきたアマリリスがそこに責任を感じるいわれはない、という開き直り方も可能ではある。

一方で思うのは、、雌オオカミの身体に新たに宿った精神によって、オオカミとしての能力が影響を受けるなんてことがあるのだろうか?という考えだった。


どちらとも言えない、というのが正直な思いだった。


オオカミの身体でいるときの自分、人間の言葉では表現しようもない感覚や、人間でいる時とは明らかに異なる感情のはたらきを思い出せば、オオカミでいる間、アマリリスは明らかに、人間としてのアマリリスとは異なる存在になっている。


しかしそれが、アマリリスがオオカミそのものになっていることを意味するかといえば、疑問は残る。

この身体に宿っていた、最初の持ち主のオオカミの心をアマリリスは知らない。

アマロックを含めて、仲間のオオカミたちの心も未だにわからない、感じられてこないのだ。


オオカミでいる間、人間とは違う存在になっていると感じるのは、オオカミの身体に収まっているからであって、

そこに収まっているのは、狩猟者として生きるオオカミの心となるには、何か根本的な資質を欠いたものなのかも知れない。


だとしたら、オオカミの身体まで得て、こうしてワタリにも参加していても、アマリリスは異界で生きていくことはできない、アマロックと生活を共にすることは出来ないことを意味している。

その考えは、狩に貢献できないバツの悪さ以上に、アマリリスの心に苦しい枷となって残り続けた。

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