第340話 共同就航船
ここでもし仲間のオオカミからはぐれ、独りでこの広大な荒野に取り残されたら、生き延びることはかなり難しいだろう。
捕食獣の直感はそう警告していた。
オオカミが生きるには獲物を必要とする。
ここ、夏のトワトワト脊梁山脈では第一に、彼らが追ってきたアカシカである。
そして、オオカミが一頭でアカシカを倒すことは普通はできない。
群が協調して挑まなければ、易々と追い払われてしまうか、反撃を受けて踏み殺されるのがオチだ。
アカシカ以外の動物といえば、小型の地リスが比較的豊富にいるものの、それだけに頼るには心許ない。
キツネやテンならともかく、体格の大きなオオカミにとってそういう小動物は、あくまで補助食物なのだ。
仮にしばらくそれで飢えを凌いだとしても、高地に雪が降りはじめる9月には、地リスたちは早くも冬眠に入り、
長い冬が明ける翌年の4月まで、実に8ヶ月もの間、地表からは姿を消してしまう。
山岳と渓谷の回廊を、アカシカを追って縦横に走り回ったおかげで、どの方角にどれだけ進んだという感覚はとおになかった。
ここからオシヨロフまで、何日、何週間かかるかも分からない。
帰り着くためには、引き続きアカシカの群から食物を得ながら、追従してゆくしかなかった。
そしてそのためには、群の存在が不可欠である。
つまりオオカミたちは、運命共同体とまではいわないが、自己の生存のために他者の存在を、
アカシカを倒すに足る規模の群を必要としていた。
群こそが、広大無辺な大地の海を渡る彼らの船であり、そこから振り落とされれば、落水よりは緩慢だが、ほぼ確実な死が待っているのである。
その感覚は、オオカミの身体を通じてアマリリスに微妙な緊張をもたらしていた。
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