第334話 トヌペカ
くすんだ色の灰が降りしきる中を、長を先頭にした群族は風上へと歩き続けた。
背中に大きな荷物をくくりつけた獣の一団が一列に進むさまは、遠い砂漠の国をゆく隊商のようにも見えたが、御者の姿は見当たらない。
みどり豊かに茂っていた草地も、色とりどりの花も、すべてが灰の一色に塗り固められていくありさまを、彼女は悲しい気持ちで眺めた。
それは人間でいる時と獣でいる時で共有できる、数少ない感情のひとつだった。
少女の名はトヌペカといった。
もっともこの名を発音することは滅多にない。
右手の人差し指を内側に折り曲げて親指を上下に動かすというのが、
総勢13名、ないし11頭のユキヒツジと、まだ変身の出来ない幼児2名で構成される群族の中で、トヌペカを示すのに使われる符号だった。
彼らのルーツは、一族の伝承に残る通り、トワトワトの南、キリエラ群島の住民にあった。
そこで、アザラシやイルカといった海獣の姿を借りて、漁業で生計を立てていたらしい。
7・8世代前、きっかけはもはや明らかでないが、多くの島民が島を離れ、列島づたいにサテュロス海を渡ってここトワトワトにやって来た。
ヒグマと、比較的穏健な魔族がいた程度の故郷の島とは異なり、トワトワトは彼らにとって容易でない土地だった。
海から陸の生活に切り替えた彼らは、はじめ鹿を追う狩人として、オオカミの姿での生き残りを模索したが、
これは元々地場のなわばりを持つオオカミたちとの過酷な対立を招くことになった。
加えて、魔族の脅威も深刻なものだった。
好んで人を捕食するうえ、姿形や行動が個体によって異なるため、どこでどんな襲撃を受けるのか予測がつかず、幾度も多くの犠牲者を出した。
はじめ100人近くいた集団は、じりじりと人数を減らしながら、あるものは大型の水魚となることを選んで川を下り、
あるものは再び別の土地を求めて去り、バラバラに離散していった。
トヌペカの父祖の支族も、低地帯での競合から追い立てられる形で、トワトワト脊梁山脈の奥部へと逃れてきた。
当時はわずか数名にまで衰微していたらしい。
そこで出会ったのが、特徴的な大きな角を持ち、急峻な岩山を住処とする、ユキヒツジという動物だった。
深山では危険な獣や魔族の往来も少なく、有事の際は、急峻な岩山に逃れることができる。
食料となる草や苔も、ふんだんにとはゆかないが、オオカミや魔族との対立もありながら鳥獣を狩るよりは安全で、遥かに見通しが立てやすい。
それでも実際は、特に冬季の栄養状態の悪さや、上空から飛来する天敵への対応といった様々な困難があったが、
何とか持続的な生活を実現することに成功し、一族も少しずつ増えはじめた。
2年前に住処に定めたこの尾根では、外敵を寄せ付けない「城」となる岩山の上に、念願だった一族共同の家を建てられるまでになったのだった。
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