破壊と再生の山

第333話 地を麾く天

「∋、∋・∋」


首まで潜って一心不乱に貪っていたハナゴケの茂みから、少女は顔を上げた。


ナキウサギの声に装った高く短い音。

音源の位置がわかりにくく、天敵に発見される危険を抑えながら情報発信できる利点がある。

実のところ、虫の足音すら捉える鋭敏な耳をもってしても、音だけ聞いて本物と区別はつかない。

特徴のある3つのリズムがそれと知る鍵だった。


振り返ると、一族の長でもある彼女の母が、瞳孔が横に切れた瞳でじっとこちらを見ていた。

注意喚起もさることながら、何かに一心不乱になること自体の非をただしているようだ。


その視線は無反応にかわし、警告の対象となったものを探す。


地が天へとさしまねかれる大地。

人間がこの地に現れるはるか以前の旧世界、氷河と火山の相剋にって形作られ、その闘争が放棄された現在では植物に征服されている場所。

その間も絶え間ない浸食にさらされ、なだらかにも、より峻厳にも作り変えられていっている。


耳をピンと立て、鼻先を上げて空気を嗅ぐ。

鷲は・・・いない。

そもそも断崖ならともかく、急斜面とはいえこの草場は、鷲が脅威になるような場所ではない。

オオカミやクマの気配もしない。

あるいは魔族なのか。

だとしたら、どんな姿かわからないと手の打ちようがない。

他の仲間たちも困惑しているようだ。


再び母の方を見、前足で地面を掻く動作でようやく気づいた。

爪先、タガネを隙間なく束ねたような蹄を通して、むず痒いような、ひりひりするような感覚が這い上がってくる。

続いて、ここ数日頻発して慢性のめまいのようになっていた振動が、今度ははっきりと感じられた。

そしてその揺れは、いつになく大きい――


頭の真後ろを除いてほぼ全周を把握する、広い視界の一隅にそれは唐突に現れた。

山の上の何もない空間を切り裂いて、突如巨大な大入道キュムロニバスが現れたかのような、通常ではあり得ない尺度で。


続いて地下から突き上げる激しい揺れが襲い、大小の石が斜面を転がり落ちていった。

やっとそれがおさまったあたりで、今度は天が割れたかと思うような轟音がとどろいた。


少女は上半身だけ変身を解き、後ろ脚で立って背伸びをした。

普段は、戸外でむやみに人の姿になるなと、大人たちに小言を受ける。

しかし今はさすがに、彼女を咎める者はなかった。


どす黒い噴煙は見る見る大きくなってゆき、周囲に細かな黒い粒をさかんに撒き散らしているのが見えた。

実際はかなりの距離があり、粒どころか、その一つ一つが家ほどの大きさがある岩塊なのだった。


幸い、ここまで火山弾が飛んでくることはなさそうだが、高々と登った噴煙は山の高さの4、5倍のところで、天を覆うように横に広がり始めた。

山が降灰の雨に隠れるまでになっても、その勢いはまるで衰える気配がなく、大地を不気味な影に飲み込んでいった。


人間の姿に戻ったユクが近づいてきて、片手で慌ただしく話しかけてきた。


{移動よ}


{ここ、居心地よくて気に入ってたのに}


耳たぶを引っ張るしぐさで、深い落胆を表明してみた。

一方、ユクの返答は、最大限の同情を表明しつつも冷淡だった。


{惜しむことはないわ。

たった今、居心地悪くて気に入らない場所になることが決まったから。}

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