第326話 憤《いきどおる・むずかる》#2

「要するに、だ。。」


ファーベルがビクッとしたように視線を上げた。


「おまえは、こう考えているということだろうか。


ひとつ、アマリリスはオオカミに変身できるようになるべきではなかった。

なぜならば、それがヘリアンサスに害、ないし不利益をもたらすからだ。


ふたつ、わたしはアマリリスからエリクサ合成の要請――オオカミに変身する手助けを求められても、断るべきだった。


みっつ、アマリリスは自分の意思で、オオカミになることを思いとどまるべきだった。

ないしは、そもそもそんな願望を持つべきではなかった。


こういうことでよいかね。」


こうして主張を整理し、要約することで、紛糾した状況を前に進めることはできる。

議論の内容によってはそれで事足りることも多いが、

状況の打開にはなっても、納得の得られる解決には繋がらない場合もある。


同じ言葉も、用いる人や場面によって意味を変える。

相手の発言を、自分の経験や推論に基づいて整理要約したら、

それはもはや元と同じ意味ではありえない。


個人の知覚や感性に起因する議論に、この手法を用いることをクリプトメリアが嫌うのは、

再構成された、一見もと通りのことを言っているようでいて、微妙に、時に根本的に意味の異なる表明によって、原文に込められた意味が塗り替えられ、

あたかも解決への糸口が見つかったかのような、ひどい時にははじめから問題など存在しなかったかのような、

偽の感覚の植え付けや問題の封じ込めが行いうるからだった。


実際、クリプトメリアの要約からはアマロックや森とズッ友のことが抜け落ちているが、ファーベルは黙ってしまった。


「私が、よく飲み込めていないのは3つ目だ。

1つ目、2つ目は理解できる。

誰かの行動に対して、忠告や説得によって、考えを変えさせようとすることはできる。

言うと、私もアマリリスに対して、あまり勧められないとは忠告はした。

それでもやる、というのがアマリリスの答えだった。

しかし、私がもっと強硬に反対していたら、あるいは事前にお前たちがこれを知って――」


お前たち、のところでファーベルの目の色が変わったことに気づいた。


「これを知って、みんなで説得していたら、アマリリスも考えを変えた可能性はある。

事前に知らせなかったのは、言われてみれば確かに私の落ち度かもしれんな、すまなかった。

だがこれは、今からでも、エリクサの浸潤した毛皮を捨てるように説得を試みることは可能だ。


しかし3点目が加わるとき、私は困惑するのだが、

そのような説得によってではなく、アマリリスは自らの意思で予め、自分の願望を、

少なくとも、私の忠告など歯牙にもかけない程度には強い願望を、封じ込めるべきだったということになる。


知ってしまったこと、考えついてしまったことを、なかったことには出来ない。

こうしたいという願望を、それこそ人からの説得や、いわゆる心境の変化によって変えることはあっても、

願望しつつそれを打ち消すことなど出来るだろうか?」


ファーベルが言いたいのはそういう事ではあるまい、と気づきつつ、半ば無意味な問答を続けるしかなかった。

仕方がない。

何か言わなければ会話が成立せず、

人間は、会話によってしか意思疎通ができない生物なのだ。

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