第325話 憤《いきどおる・むずかる》#1

「それで?」


「・・・それで、とは?」


「だから、おとうさんはそれでいいと思うの?

オオカミ人間になっちゃったんだよ?」


「どちらかというとニンゲン狼の方だな。

エリクサによる人工的な多重表出能の獲得であって、人狼型魔族ヴルダラクの変身と同じ原理によるものだ。


一方で狼人間ルゥ・ガルというのはコルジセファルス感染症の通称で、ついこの間我々が森で遭遇した、、」


「んもぅ、どっちでもいいわよそんなこと、

とにかくオオカミなんでしょ!?


おとうさん、わかってるの??

オオカミなんだよ、アマリリスが。」


・・・その倒置構文は成程、深刻な課題感を確かに伝えるものだ。

“アマリリスがオオカミなのだ” でも

“アマリリスなのだ、オオカミが”

でもなく、


AはBであるということを述べている点で、どれも意味は同じはずだが、

第三の文には他の二文にはない、発言者にとって特別な認識が表明されている。


いや、この場合のAとBは等価ではなく包含の関係だと捉えるならば(“シリウスは星である”は正しくても、“星はシリウスである”とは言えまい)、

第二の文は包含の関係が反転し、文意が変わることになりそうだ。


問題は、これがそういう一般化を示す表明なのかということだ。

正しくは、アマリリスはオオカミへの変身能力を得たのであって、明らかにオオカミそのものではないので、

だとすると3つの文がすべて誤りということになるのだが・・・



結局のところ、課題「感」は伝わったものの、課題の所在そのものが今ひとつ掴みきれず、

いたずらに論理を弄んでいたクリプトメリアの沈黙を、同意の表明と受け取ったのか、

少しトーンを落としてファーベルは続けた。


「ヘリアンくんだっているのに・・・

どうしてオオカミなの。


アマロックだって、ウチに来るときはニンゲンじゃない。

アマリリスはヘリアンくんのお姉さんなんだよ?

なのにオオカミって、、


どうしてそんなに森とズッ友じゃなきゃならないの。」


「・・・」


ヘリアンサスとオオカミに、

アマロックがニンゲンで、森と、ズッ友。


今度は一語一語の意味は明瞭だが、相互の論理関係が飛躍、かつ錯綜していて、

補足説明を求めようにも、どこから手をつけたものやら。


珍しいことだった。


白なら白、黒なら黒と、いつもならてきぱきとものを言う子なのだ。

こんなふうに、要求なのか抗議なのか不明瞭なことを言って憤るのは、ファーベルらしくなかった。


とはいえ、自分で考えがまとめられず、苛立ちとともに他者に解決を求めるというのは、本来この年齢の子どもにはよくある、むしろそうあるべきことだ。

相手が年長者であればなおさらの事。


クリプトメリアは静かにため息をついた。

仕方ない――、と思うことにした。

このまま黙っているわけにもいかない。

こういう状態を打開する大人の技法を用いることにした。

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