第324話 感情の座

そしてまた感情の働きにも変化があって、これは鈍くなったというより、単純で動物的ということだろうか、

喜びも苦痛も心にそう感じるのではなく、直接的、生理的な反射となったようだった。


例えば安らかな眠りは心地よいものだが、それは睡眠を心で捉えて幸福を感じるというより、眠気の働きそれ自体が幸福であり、

また例えば腹痛は、その痛みに何かを感じるというより、痛みそれ自体が文字通りの苦痛の感覚であるように、

獣の身体で感じることは、何事もその契機となる事象と不可分で、違ったようには感じようもない反応だった。


これは必ずしも獣の感性が貧困であることを意味しない。

人間であれば、野に咲く鮮やかな花に感傷を揺さぶられて涙を流したりする。

一方でオオカミは花自体を、花弁の上の人間には知覚できない色彩の紋様、無色透明の煙となって空中に舞う芳香の虹といった、そのものを感じるのだ。


人間であれば、不意に飛び立つ小鳥の羽音に驚き、わけもなく不安な気持ちになったりする。

一方でオオカミは鳥そのもの、気流を捕らえて空へと舞い上がる翼の動きを、

小さな両肺から放出され、その精細な身体を大地から切り離す弾力を与える呼気そのものを感じるのだ。


世界の多彩さそのままに、実に多彩な感性がオオカミにはあり、そのほとんどが人間の言葉では表現し得ないものだった。


これでは、魔族の言語を人間が理解できないのも無理はない。

こんな豊かな感性の世界が彼らにもあり、魔族同士で交換されているのだとしたら、人間の言語は何てもどかしく稚拙なものだろう。

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