第322話 異種の記憶

アマリリスが人間に戻ったのは、結局二晩がすぎた夕暮れだった。

その間のことは憶えていて、確かに彼女の記憶なのだが、どこか夢の中の出来事のようで、

ひとつひとつの出来事が、そうあるべき印象を伴っていなかったり、なぜ自分がそのように行動したのかうまく説明できないところがあった。


森の中を走る。

小舟で早瀬を下るみたいに、周りの景色が輪郭を崩して前から後ろへ流れていく。

サンスポットが、3兄弟のオオカミもが並んで走る。

と思う間もなく、彼らは速力を上げ、シカを追うアマロック、アフロジオンのほうへ走り去ってしまう。

大きく尾を振った反動で身を翻し、アマリリスも全力で追随する。


追いつめたシカに襲いかかる。

網の目のように茂る蔦草の中、いくつもの獣の体がぶつかり合い、アマリリスは跳ね返される。

斜面を登りかけたシカがずり落ち、体中にオオカミをぶら下げたまま、アマリリスの頭上に転げ落ちてくる。

それをかわし、食らいつく。

切歯がシカの皮をぶつりと噛み裂き、口の中に血の味が広がった。

激しい吐声とともに引き千切り、飲み込んだ。



再び走る。

白夜光にあかあかと照らされる尾根を、漆黒の闇の中、木々の迷宮の広がりがはっきりと感じられる森を。


真夜中の曙光のもと、ウサギを追いかけて逃げられる。

しのつく雨の中、タルバガンの群を襲ってことごとく逃げられる。

雨が上がり、飛びはじめた羽虫をじっと見つめ、高々と跳躍して捕らえる。

口先で噛み砕き、ベッと吐き捨てた。


この美しい毛皮を残したオオカミは、あまり運動神経が良くなかったのかも知れない。

あるいは、現在のあるじの影響を少なからず受けているのか。


元々のあるじだったオオカミとしては亡び、別の魂(オオカミには魂がないと言うなら、精神?人格?そんなようなもの)のもとで復元されたあとも、身体は生前の活動を覚えていて、

こうして野を駆け、獣や虫を追うことを喜んでいる、そんなこともあり得るのだろうか。


実際には、この毛皮に残された情報を用いてアマリリスが自分の身体を再構成しているのであって、死んだ獣が甦ったわけでも、アマリリスがそこに憑依しているわけでもない。

それは分かっているのだけれど、よく人は自分が見た夢の意味を知りたがるように、アマリリスは人間の姿に戻ってから、オオカミだった間のことをつらつらと思い返していた。

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