第320話 歓喜の歌
のしかかるような重い雲の下、真昼ながらの薄暗の荒野を、1頭の獣が駆け抜けていった。
銀色の毛並みを風になびかせ、まるで目に見えない力に引っ張られてどこまでも飛んでゆく矢のように、軽やかに力強く。
目まぐるしく大地を蹴る足運び、バネのようにしなる全身と、同調して振れる尾の動きは、久々に生身の身体を得たこの獣の歓喜の躍動だったのかもしれない。
一方、その肉体に囚われた精神は、未知の高揚と困惑の中、獣の身体が寄越してくる様々な知覚、さしあたりその凄まじい速力に圧倒されていた。
これほどの疾走へと駆り立てるのは一体どこまでが自分の意志なのか、それとも本当に何か別の力でも働いているのか、
立ち止まって確かめたいと思っても、飛び越えなければならない沢や回避しなければならない立木が次々と現れ、とてもそんな余裕はない。
そして、人間の時は想像もしなかった膨大な知覚、
聴覚で見る、森じゅうの谷を渡る複雑な気流、
嗅覚に触れる、あたり一面の獣や鳥たちの気配や痕跡。
そういったものが流し絵のように、あとからあとから現れてはあっという間に背後に消え去っていく。
今や躍動するのは世界そのものだった。
世界の躍動が更なる高揚を呼び起こし、この獣の体から無尽の力を引き出そうとしているかのようだった。
それは何とも不思議な感覚で、アマリリスの意識が、一面のハイマツに覆われた広い丘の上に立つ人影に気づいたのも、
それが間近に迫り、減速をはじめてからだった。
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