第319話 幻獣変身譚
「で、どうやって変身するんですか?」
「あとは、その毛皮全体を皮膚に接触させて・・・これこれ、そんな花も恥じらう乙女がはしたない。」
その場でブラウスのボタンを外しはじめたアマリリスを、クリプトメリアが慌てて制止する。
ガラス玉オルガンの脇の奥まった所にアマリリスが引っ込んで、約10分が過ぎた。
「あのぅー、ぜんっぜん変身しないんですけどぉ?」
少しイライラしはじめた声だった。
「言ったろう、オオカミになった自分を思い浮かべ、オオカミになりきるんだよ。
今の君は、生身の人間の体の上に、濡れぼそった獣の皮を張り付けた奇態な格好をしている。
生体旋律の状態としては、人間の旋律がガンガン鳴り響き、オオカミの旋律は、小さすぎて聞こえない鼻歌みたいなもんだ。
これを反転させなきゃならん。
エリクサは触媒であって、スイッチになるのは君の意識、オオカミになったところの完全なイメージだよ。」
「そう言われてもあたし、オオカミになったことないからなぁ。」
「私もだ。
そこは、若い想像力でなんとかならんかね。」
アマリリスはオオカミの皮から垂れてきて右目に流れ込んだ緑色の液体を拭った。
ふつうの水であれば目に入ればしみるものだが、このエリクサという液体は、眼窩に溢れて流れ落ちるまでそれと気づかない。
それもまた気が散るので、瞼を閉じた。
四肢が接する一瞬一瞬ごとに地面に強い力を伝え、信じられないほどの加速で駆け抜けて行く体。
ぴったり伏せられた耳、向きを変えるときに、旗のように振れる尾。
それが自分だと考えてみる。
どうもうまくいかない。
・・・オオカミ、オオカミ、、狼の頭の。。。
胸の中で繰り返すうちにふと、ウィスタリアの伝承の幻獣を思い出した。
狼の頭に、獅子の体、前肢のかわりに大鷲の翼を持ち、その背に最も古い女神を乗せてカラカシスの大山脈を飛んだ、『王たる獣』。
あの物語が好きだった。
あの獣の背に乗って、、というよりも、自分自身があの獣になって、大山脈を飛び越えることを幾度となく思い描いていた。
何だか、カラカシスを離れた後も、ずっとあの獣を身近に感じていた気がする。
空想上のあの獣になった自分なら、ほら、こんなにリアルに想像することができる。
金色の獣の目で、偉大な山脈をじっと見上げ、地響きがするような咆哮をひとつ。
太陽も月も隠れるほど大きな翼を広げ、大地を蹴って天高く舞い上がる・・・
「まぁ、最初は難しいらしいぞ。
キリエラ人のシャーマンでも、初めて変身する時には、何日も祠に籠って・・・」
石敷の床を鉤爪を持った足がこする音がして、クリプトメリアは振り返った。
銀色の毛並みの美しいオオカミが、そこに立っていた。
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