第312話 魔族の本質#1
黙々と作業するクリプトメリアからは少し離れて、アマリリスは実験台の長いテーブルに頬杖を突き、サイフォンからフラスコの中へぽたりぽたりと落ちていく滴を眺めていた。
この透明な緑の液体もエリクサの材料の一つで、クリプトメリアが今調合している薬品と、すでに調合の終わったもの、これから作るもの、
いくつもの薬品を決まった順番で調合し、ガラス玉オルガンで処理し、また調合して、、 と、エリクサの完成までには何段階もの手順をこなす必要がある。
それにつれて、アマリリスの最初の興奮も薄れ、後悔にも似たいろいろな思索が頭を巡るようになっていた。
「博士・・・」
「何だね。」
デシメーターに顔をくっつけたまま、クリプトメリアは応じた。
「魔族は複数の生体旋律を持っていて、好きなほうを使える、でしたよね。」
「そうだ。」
「じゃあ、オオカミの時のアマロックと、人間の時のアマロックと、
どっちが本当のアマロックなの?」
「その議論は、副次的に様々な主題を含んでいそうだが。
私に答えられることだけでいいかね?」
「もちろん。」
おかしな問いだ、と言うこともできたが、アマリリスには分かっていた。
この人は、自分の理解が及ぶこと、自分の力で解決することができることが限られているのを知っていて、
それ以外の事柄から厳密に区別しようとしているんだわ。
人生における選択のほぼ全てを直感でこなしているアマリリスにとって、その慎重さは、時に臆病とすら映る奇妙なものだった。
「”本当の”を起源の意味で捉えるなら、生体旋律楽式論から答えるべきことは、あいつの発生についてだろうね。
男女の秘め事は心の交歓と言われるが、楽式論的な生殖の意味合いは、生体旋律の交換だ。
我々が見る生物の多くは、有性生殖を行う。
従って、親となる2つの個体に由来する生体旋律を受け継いで発生してくることになる。
発生の過程では、対位する生体旋律間での編曲、
すなわち旋律を構成する
――正確には楽句が途中でぶち切られて接合し、新しい楽句を作り出すこともあるのだが、それはこの際措いておこう。
編曲の過程で、母親由来、父親由来どちらの旋律が継承されるかは全くランダムで、予測がつかん。
だから、目は母親似、口は父親似、といったことが起こる。
ここまではいいかね?」
「・・・はぁ。」
本当は、最後を除いて9割方がちんぷんかんぷんだったが、理解する必要もなさそうだと踏んだ。
「結構。
では、魔族の話だ。
言ったように、魔族は複数の生体旋律を体内に持つ。
生殖の過程で、魔族が作る配偶子――これは精子でも卵子でも同じことだが――には、その魔族が持つ全ての生体旋律のセットが含まれている。
それがパートナーの配偶子と受精すると、相手の持つ、対位可能な旋律と編曲が行われるんだ。
例えばアマロックが同族の
これが普通のオオカミの雌と交配する場合は、アマロックからはオオカミの旋律、人間の旋律が供出されるのに対し、母親側からはオオカミの旋律のみだ。
従って編曲はオオカミの旋律についてのみ行われ、人間の旋律については、アマロックのものがそっくりそのまま継承されることになる。
逆にアマロックが君と、、いや、ゴホン。
人間の女性と子をもうけた場合には、人間の旋律について編曲が行われ、オオカミの旋律はアマロックのものがそのままとなる。
これが別の種族、例えば
このような関係になっている。」
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